今回は立花大敬さんの「大敬ワンディー・メッセージ「青空ひろば」」から最新記事を紹介します。
1432 2025.03.12 ~
<たくましく生きるには?>
Q1.「いのちの足腰」を鍛えるとはどういうことでしょう?
A.「いのちの足腰」が弱いと、人生の坂道をたくましく登り切ってゆけません。また、人生のはるかに遠い目的地までたどり付けません。
Q2.では、「いのちの足腰」を鍛えるにはどうすればいいのでしょう?
A.「徳を積む」ことによって「いのちの運び」が堂々としてきて、たくましくなります。
Q3.「徳」とは何でしょう?
A.徳(サンスクリット語ではグナ)とは、「現世で使用出来る心のエネルギー」のことです。「心」には「想いを自動的に現実化する性質」があるのです。「心」は「お自動さん」なのです。
徳が高い(高徳)と、心の「想いを自動的に現実化する性質」が強くなり、想いが実現しやすくなります。
しかし、残念なことには、徳エネルギーは一気には貯まりません。時間をかけてゆっくり貯めてゆかねばならないのです。
Q4.「徳」を積む(心のエネルギーを蓄える)にはどうすればいいのですか?
A.徳を積むには、他者に対する見返りを求めない善行(布施(ダーナ)行という)を実践しなければなりません。
Q5.「徳」を積むには、具体的にはどんな善行をすればいいのですか?
A.徳積みの種類は、もうすでに何度も説明しているので、ここでは省きます。『出雲記伝』(バンクシア・ブックス)などをお読み下さい。
Q6.なぜ「徳」(善行=布施行)を積めば、心のエネルギーが増加するのでしょう?
A.人のために手を差し出し、足を運べば、「自我の狭い囲い」が破れるのです。「自我の囲い」が破れれば、他の人や世界、宇宙と生き通しとなります。
そうすれば、「自我の囲い」が邪魔して流入を妨げていた世界全体に充ち満ちている「徳エネルギー」があなたのもとに妨げなく流入できるようになります。そうすると、あなたは高い徳エネルギーを得て、これまでは高嶺の花であった目標にでも手や足が届くようになるのです。
Q7.「徳」を積む上で、さらに心得ておくべき事柄がありますか?
A.一過性の徳積み(たとえば募金など)だけでなく、ご縁が出来たところで、粘り強く長い時間かけて掘り下げて善行を続けてゆくことも、出来ればしていった方がよいのです。
また、徳を積むには時間がかかりますから、若いときから徳積みを実践しておいたほうがいいです。
しかし、歳をとっていても、躊躇せず、その時から徳積みをスタートするべきです。徳積みは一生ものでなく、多生の渡るものなのですから。
Q8.人は何のために生きているのでしょう?
A.人は「いのちの可能性」を広げてゆくために生きています。
「より高くなりたい、よりいのちの領域を広げたい」という意志・本能が、誰にも備わっている「いのちの根源(共有)意志」なのです。
なぜ、人にはそんな成長意欲があるのかという理由は、人類の魂の進化モデル「金平糖大作戦」で説明しています。
「金平糖大作戦」については、『ココロとカラダを優しくほどく-立花大敬さんの坐禅 入門編』近藤太郎(バンクシア・ブックス)などをお読み下さい。
Q9.「いのちの可能性」はどのように開発されてゆくのですか?
A.
① 若い時は、自分の「いのちの可能性」をガムシャラに追求すればいい。
② やがて能力の限界に気づき、人とともに協力しあって生きることで、さらに「いのちの可能性」が広がること知る。
③ 「差し出せば、帰ってくるものなんだ」という「お風呂の原理」を悟る(二宮尊徳翁のたとえ)。
④ 「いのちの一体性」を悟り、自分は人で、人は自分なのだから、自分の能力でやれるだけのgiveを精一杯やってゆけばいい。自分ができないことはもうひとりの自分(他の人)がきっとうまくやってくれるのだからという、イノチの本能にたいする「安心感・信頼感」が自然と湧き出してくる。
Q10.「いのちの可能性」を追求する上で、心得ておくべき事がありますか
A.
・失敗を恐れないことです。失敗を重ねなければ成長は出来ません。勇気を持って「マルでダメ夫」の人生ではなく、「ダメでマル夫」の人生を選びましょう。
(註)「ダメでマル夫」とは、人生において、いっぱい失敗をするけれど、人生全体で見渡すと、そんなたくさんの×で大きな○を描いているというような人のこと。「マルでダメ夫」は、その逆。
・背伸びしないこと。自分の今持っている武器で最高の勝負をすることを目指しましょう。結果の成否は知ったことではないのです(失敗しても、成功しても、一歩前進できるのだから。結果は神様にお任せ)。
・人類の魂の進化の潮流を知って、それに逆らわない正しい人生目標は持ちましょう。
「分離」の方向の目標はあなたをエゴの殻に閉じ込めてしまいます(「いのちの可能性」をますます狭めてしまう)。
「融和」の方向の目標はあなたの「いのちの可能性」をますます広げてくれます。
・「いのちの可能性」の追求は一生で完成出来ません。「一生1ミリ前進」ぐらいの大らかさで、でも少しずつ弛まずに歩み続けましょう。
・転生があることを知り、転生の意義を知っておきましょう。
飯田史彦先生やキューブラー・ロスさんの著作を読んでください。
転生があることを知ると、ムダなあせりがなくなって、今・ココにどっしり腰を据えて課題に取り組んでゆけるようになります。
Q11.菩薩とはどんな存在ですか?
A.菩薩とは、大乗仏教が生み出した「理想的人間像」です。
地上世界に一人(一つ)でも、苦悩している存在がいる間は、私一人だけが悟りの彼岸(安らぎの向こう岸)に渡るようなことはしない。何度でも地上世界に転生して、最後に残った苦悩する存在が無事彼岸に渡りきったのを見届けてから、私は最後に悟りの彼岸に渡ることにしようという誓願(誓い)を立てた存在のことを菩薩と呼びます。
道元禅師に「自未得度(じみとくど)、先度他(せんどた)」というお言葉があります。
「自らは未だ度(救い)を得ずといえども、先ず他を渡そう(救おう)」という意味で、これが菩薩の誓願です。
道元禅師は、悟りを開かねば人を指導する資格はないなどとはおっしゃっていません。「坐禅会運動」はこの道元禅師のお言葉に勇気をもらって始めた菩薩精神共同体の現代版です。
Q12.「菩薩」と「阿羅漢(アラカン)」の違いを教えて下さい。
A.小乗仏教の教理では、この地上世界は、錯覚と幻想が生み出した「苦の世界」で、そこから一日でもはやく脱出するべきだとしています。
そして、小乗の悟りを開いて、脱出の手続きが済み、肉体が消滅して解放される時を待っている存在が「阿羅漢」です。
「菩薩」は、自らの悟りを放棄して、あえて何度も地上世界に転生してきて、最後の一人まで残らず救済し尽くすという存在のことです。難破船の船長さんは乗客や船員が全員無事脱出するまで船に残りますね。それが菩薩の精神です。
Q13.「菩薩」がなぜそんなハードな誓願を立てる必要があったのか、その理由がもう一つすっきりしません。私にはとてもそんな誓いは立てられそうにありません。
A.イノチは本当は一体なのだから、自分ひとりだけが他のイノチたちを押しのけて悟ってしあわせになるなんて本当は不可能なのです。
阿羅漢の悟りを開いて、自分は永遠に安らぎの境地に憩う事が出来ると思っていても、結局は地上世界に引き戻されることになります。
なぜそうなるのかというと、イノチは一体で、地上で苦しんでいる人や動植物たちは、実はその阿羅漢さんの分身たちなのですから、その地上の存在たちの苦悩の渦の引力に引き寄せられて地上世界に戻されてしまうのです。
この世に一人でも苦しんでいる人(モノ)がいる間は、私たちはまだ本当は悟っていなくて、安らぎの世界に住むことは出来ないです。
だから、私たちはこの地上世界(娑婆世界)に何度も転生して、救済活動に従事するし、最後の一人まで救済し尽くした時に、私たちはついに本当の悟りを開き(仏となる)、また同時にすべての生あるものたちも悟りをひらく(仏となる)のです。それが、菩薩の誓願を持った私たちの覚悟なのだということを知っておいてください。
Q14.「菩薩ガナ(集団)」とはどういうものですか?
A.「ガナ」・「サンガ」は、英語では「republic (共和)group(集団)」のことです。古代インドでは、王制(専制)ではなく、みんなで合議して国の方向を決める国家群が存在していて、これらは「ガナ・サンガ国」と称されました。
それに習って、出家者だけの共和集団は「サンガ(僧伽)」と呼ばれ、大乗仏教が勃興して、出家僧だけではなく、在俗の菩薩にも開かれた和合集団は「菩薩ガナ」と呼ばれました。
私たち、「お日さまのなかま」は、そんな開かれた菩薩たちの共同体(菩薩ガナ)の現代版なのです。
「お日さまのなかま」の信条は以下の4箇条です。
(1)明るくて、温かくて、潤いがある「安心できる場」を作ろう
(2)リーダーシップより「メンバーシップ」を大切にしよう
(3)「あなたがあなたであること」以上に尊いことはない、ということを知ろう
(4)菩薩としての自覚を持って、分に応じて「ダーナ行」を粘り強く実践してゆこう。他のために生きることの喜びを体験しよう。
Q15.菩薩になる誓いを立て、菩薩集団(ガナ)の一員のなりなさい、とおっしゃいますが、そんな人生を生きることにすれば、損ばっかりのみじめな人生を生きることになるのではないですか。
A.
誓いを立てて菩薩ガナに加入しますと、私欲の狭い囲いが撤去されるので、イノチの本来の姿である一体性に復帰出来るようになります。そうすると、以下の三つの喜びが得られるのです。
(1)不幸な人生がしあわせな人生に転換する。
(註)「しあわせ感」とは、他の人や世界との一体感、連帯感、貢献感が得られる状態をいいます。私欲の狭い囲いが取り払われると、自然とこの三つに代表される「しあわせ感」が得られるのです。
(2)想いが叶うようになる(必要な時に必要なものが入ってくるようになる)。
(註)他の人や世界と「生き通し」となるので、あなたのこうしたいという想いが私欲の囲いで邪魔されずに、すぐ世界に伝わり、その想いを叶えるべく、世界の配置変えが行われるのです。
(3)能力が上がる。
(註)私欲の囲いがあると、その囲い内の能力やエネルギーしか使用出来ませんが、私欲の囲いがなくなると、菩薩ガナの共有データベースにアクセス出来るようになるので、菩薩たちの智慧やまたエネルギーなどを我がものとして使用出来るようになるのです。
Q16.私たち(お日さまのなかま)を指導して下さっている菩薩集団は具体的にはどんな方々なのですか?
A.
私たちは「蓮華部」に所属して、その部のうち、日本支部天照(太陽神霊)課に所属しています。
「蓮華」はひとついのち(イノチの一体性)のシンボルです。「菊のご紋」も実はそうなのです。日本国旗も、ひとついのちの中心が太陽神霊であることをしめしています。
蓮華部の実務リーダーは観音さまで、観音さま方の誓願や働きについては、法華経の「観世音普門品(かんぜおん ふもんぼん)」などに書かれています。
Q17.「観世音菩薩普門品」の内容を教えてください。
A.
・「観世音菩薩」は、世の音(苦悩して「観音さま!」と叫ぶ声)を聞けば、私は直ちにその人のもとに駆けつけて救済するという誓願を起こした菩薩です。
・「普門」とは、あらゆる方向(宗派、信条、心境の高低を問わず)に門戸を開いて、ドウゾ、ドウゾと受け入れるという意味です。
・「十一面観音」は、あらゆる方向に顔を向けて、見落とすことなく救済する観音さまです。
・「千手観音」は、どのような人の、どのような苦悩であっても、あの手この手を駆使して救済するという観音さまです。
・「観音三十三身」とは、観音さまはその人を救済するのにふさわしい人物や事件や環境に化身して、その人を救済してくださることを示しています。(完)
1431 2025.03.10
<よき「癒やし人」の条件>
(1)どの人も素晴らしい自己治癒力を持っていると確信している。
(2)不完全な、到らぬところがある自分を反省懺悔するが、そんな自分を認め、受け入れ、愛し、許している。
(3)自分や人をアタマの判断(色めがね)で決めつけたりしない。
(4)常に自分や人の新しい可能性に対して心の眼を開いている。
1430 2025.03.07
私が私に落ち着くことができれば、人や世界は本来の居り処に復帰して、癒されるのです。自分を許し、愛することが先です。
1429 2025.03.06
人は誰でも完璧ではない。
どの人も、「出来ること」、「出来ないこと」の混成体。
そんな完全じゃない自分を否定しないで、認め、受け入れ、愛おしむこと。
でも、そこに腰を据えてしまうのではなく、自分のペースで一歩ずつ前へ!「出来ること」を増やしてゆこう。
「ヘタクソでも自分の足で歩こうね」