2018年5月13日日曜日

1303「扉開き7」2018,5,13

 清清しく8日朝を迎えさせて頂き、朝風呂、美味しい朝食を頂き元気に皆さん8時に宿を出発しました。宿の皆さんが手を振って送り出し下さいました。嬉しき、ありがたき事です。

 最初の目的地は岩手県九戸村の九戸神社です。九戸神社の紹介は以下です。
「第54代仁明天皇の承和9年(842年)6月15日に勧請されたと伝えられる。古来 より北辰妙見宮、九戸妙見と称され、当地方の開拓興業の産土の神として篤く信仰され、また九戸村の総鎮守として、九戸家代々が戦勝を祈願した神社として知られている。
 明治元年(1869年)、九戸郡一ノ宮の故をもって九戸神社と改称された。 
毘沙門天、天之御中主大神、宇迦之御魂大神」 

「星の信仰でもある妙見信仰だが、星座の「座」は「くら」とも読み馬などの「鞍(くら)」と結び付いて、牛馬の守護神ともなった。「星座」という言葉は、司馬遷「史記」には登場するので、紀元前には既にあった言葉で、かなり古くから日本にも伝わっている。
 ところで「豊前志」に細川氏が熊本藩主になると、足立妙見を再興し、一戸妙見へ社領を寄進したとある。ここでの一戸は「ひとつと」と読むのだが、ここもまた馬の牧に関係する地の様である。ここで思い出したのが、岩手県から青森県にまたがる一戸~九戸なのだが、元々「戸」とは、食べ物を煮炊きするものに関わり、転じて家の単位や集落を意味するようになった。ただ「戸(へ)」はアイヌ語からきているという説もある。また「柵戸(きのへ)」に関わるものであろうという、やはり牧に関する説もある。どれにしろ一戸~九戸は古代から馬の名産地であった事から、やはり馬に関わる地名であったのだろう。
 しかし何故に一戸で始まり、九戸で終わるのか?十戸があっても良いとは思うのだが。余談だが、遠野も本当は「遠野閉伊(とおのへい)」で実は「十戸(とおのへ)」ではなかったかとも云われている。
 ただこうして、達曽部の駒形神社には妙見宮が結び付いているのだから、馬と妙見を結びつけて一戸~九戸を考えて見れば、妙見の九曜紋が浮かび上がる。九曜は、北斗七星の七つ星に、太陽と月が加えられ九曜となっている。その九曜という数字を重視すれば、一戸~九戸という九つの数に収まっているのは九曜を意識しているのだと考えるのだ。
「新撰陸奥国誌」によれば、坂上田村麻呂伝承が付随する乳井神社・鹿島神社・岩木山神社・熊野奥照神社・猿賀神社・浪岡八幡宮・大星神社の七つの神社は北斗七星型に配置されているという。最後の大星神社は、そのまま妙見宮でもある事から、かなりの妙見信仰の形は入り込んでいる筈だ。そのような事から、一戸~九戸の九つも妙見である可能性は高いであろう。」https://dostoev.exblog.jp/19806075/





 九戸神社社紋は三日月九曜門で、ここは九戸妙見として有名です。境内に名君九戸政実を祭る政実神社が祀られています。神社本殿前であわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「お~ ひあ~あ~(拍手)
 お届け致したり。紅の遥かなる光、許されたるは真新しきなり。
 踏み行きて進まれませ。」 9:38

 次の目的地は八幡平市松尾にある長嶺神社・長者屋敷清水(長者屋敷公園)です。以下その紹介です。看板には「アテルイのふる里マトーコタン」とあります。  

「長者屋敷清水について
 小川の流れる緑地帯の中に朱塗りの太鼓橋や東屋などを設けた長者屋敷公園。その一角、木立に囲まれた高さ10m程の岩壁の割れ目から清水が湧き出している。当地の大盗賊を討伐に来た坂上田村麻呂が、天皇より下賜された太刀をこの水で清めたとも言われている。あの坂上田村麻呂も剣を洗ったという清水
 長者屋敷は、8世紀の豆渡長者の館。後にエミシの国の棟梁となった長者こそ、大和朝廷が悪路王と呼び恐れたアテルイとの説が。屋敷は今も緑美しく、長者の水は岩手県の名水20選に選ばれている。」

「長者屋敷は、縄文時代から平安時代までの重層の大規模遺跡が出土しており、蝦夷のチャシ(砦)跡との説もある要害の地で数々の伝説があります。
 一つは、奈良朝時代、高丸悪路の子、登喜盛の居城で登喜盛長者屋敷と呼ばれ、登喜盛一族が各地からかすめ取ってきた財宝を貯えて住んでいたといわれています。
 また、名家神子田多賀康の娘「岩花」が家宝のお釜と共に幽閉させられた場所で別名御釜屋敷とも呼ばれました。財宝をかすめ取った登喜盛は、やがて征夷代将軍坂上田村麻呂に討たれて滅亡したと言い伝えられています。その折、将軍がこの場所に湧いている霊泉清水で太刀を流い清めたことから「太刀清水」ともいいます。
 古代からの水場と水神信仰場となっている長嶺神社は山王権現と称していましたが、大小の神社合併の際、新たに名付けた名称で、八つの湧口に境内合祀2社、境内に3社、境外に3社の八水神を祀っています。」








 清水は水汲みの方が来ています。神社奥に開けた原っぱであわ歌を響かせました。その時のお言葉です。
「自らのその身にある、尽きせぬ大いなるを是より間断なく伝え来る。
 響き受けて、大いなる元へと繋ぎ、新しき身へと進まれませ。
 ご用意、整いたれば、それぞれのその身の中より発し行きて、
 繋ぎて結ぶ、嬉しきなり。」 10:54




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