2018年4月10日火曜日

1270「断食5」2018,4,10

 3日目の2度目の座禅が終わった後に明け食の食べ方、帰宅後の予後の食事制限、過ごし方について説明をします。私たちが製造した生体エネルギー満載の自家製の味噌、梅漬け、更に秋田の特別な生体エネルギー設備の整った工場で作られる天然酵母パンの販売を行います。宿便出しを行った後、まっさらな身体にどのような食ものを摂取するかが新陳代謝、新たな細胞を生み出す決め手になります。
 一般の方にはほとんどエネルギー視点がありません。栄養素が中心で、化学物質、農薬、重金属などの害を避けるという捉え方がほとんどです。明け食はそこにエネルギー視点を加えていただく貴重な学びの機会でもあります。
 生体エネルギーとして人間は6500Åのエネルギー位置が必要です。植物は7000Åです。人間が自分よりもエネルギー位置が高い植物を頂くことで、摂取した時にエネルギー収奪が起きずに、自分より高いもので励起されることが望ましい食のあり方です。
 生命の源、大元は水です。如何なる水を飲み、料理に使用するか。その選択の知識が問われます。2日目の講話の時にも水の違いを説明し、体感して頂きました。宿の水道の水、私が持参して皆さんに飲んでいただいている、生体エネルギーの水誘導翻訳装置きわみ3種を3連した通称「中山水」の違いです。
 身体の柔軟性は明らかに「中山水」が水道水より増し、オーリングテストで格段の差があり、味の違いも明確に違います。「中山水」は飲むと喉で消えてしまい美味しいのですが、水道水はしっかり食堂、胃を流れ落ちる感じがあり、不味いのです。初参加の方に被験者になって頂いて体感して頂きましたが、驚きの表情です。それまでは水は水でしかないという認識ですから致し方ないです。

 最後の座禅を終えていよいよ明け食です。明けの食事の用意は全てスタッフのTさんが準備してくれますが、毎回何らかの工夫をしていて常に進化しています。今回も良い加減に大根も煮上げる事が出来て準備万端出来ています。



 最初にみなさんと食前の「五観の偈(ごかんのげ)」お経をあげました。このお経は以下の様に記されています。
「主に禅宗において食事の前に唱えられる偈文。唐代の南山律宗の僧、道宣が著した『四分律行事鈔』中の観文を宋代に黄庭堅が僧俗のため約したもの。道元の著作『赴粥飯法』における引用によって日本で広く知られるようになった。僧侶の食事作法のひとつだが、道徳的普遍性の高い文章であるため禅に限らず多くの分野で引用されている。五観文、食事五観文、食事訓とも。」

 以下そのお経と意味です。
一  功の多少を計り彼(か)の来処(らいしょ)を量(はか)る。
二  己が徳行(とくぎょう)の全欠を忖(はか)って供(く)に応ず。
三  心を防ぎ過(とが)を離るることは貪等(とんとう)を宗(しゅう)とす。
四  正に良薬を事とすることは形枯(ぎょうこ)を療(りょう)ぜんが為なり。
五  成道(じょうどう)の為の故に今この食(じき)を受く。

 略訳
一、自分が成した事の大小を想い、この食事がどうして自分の目の前にきたのかを考え、食事が調うまでの多くの人々の働きに感謝をいたします。
二、自分の行ってきた言動が、果たしてこの食を頂くに価するものであるかどうか、反省していただきます。
三、心を正しく保ち、あやまった行いを避けるため、三つの「むさぼり、いかり、ねたみ」の三毒(貪・瞋・癡)の過ちを抑え、修養の心を持っていただきます。
四、この食を良薬としていただきます。それはこの身体・生命を維持するが為であります。五、自らの道を成すために、今からこの食事をいただきます。

「宗派によって偈文の読み下しに若干の異同があり、臨済宗、黄檗宗では三句目を「三つには心を防ぎ過貪等を離るるを宗とす」と唱える。「貪等」とは三種の煩悩である「貪・瞋・癡」のいわゆる「三毒」を指す。これらはそれぞれ「貪欲」「怒りや憎しみ」「無知や愚かさ」を意味し、食においてはいたずらに美食や暴食する貪欲、食に嫌悪や不満を発する狭量、食の意義や作法を弁えない愚昧を戒める。」

0 件のコメント:

コメントを投稿