2018年1月3日水曜日

1173「伊達3」2018,1,3

 太白山から次の目的地は太白区坪沼にある南赤石観音堂です。名取川の橋を渡り集落の狭い道の先にあります。
 以下の様な縁起があります。
「昔、南赤石に正直で慈悲深き農夫有。夏の頃には毎夕馬を名取川に浴せむ。或る夕例の如く馬を川に入れてふと川底を見るに光り輝く物あるを見ておどろき、家に帰り一部始終を話せしに、家族怪しみて川に来り見るに何の変わりしこともなし。翌夕再び馬を川に入れて川を見るに光り輝くこと昨夕に倍したを見て益々驚き家に帰る。
 寝に就く夢に観世音の示現有。翌朝斎戒(さいかい)をして川に入り金光輝く仏像を拾い上げ恭しく之れを川の中程にある突き出せる石に安置し。故にこの石を座石と称せらる。後に宿民之れを訛ってザル石と云う。更に農夫の家の神棚に奉仕せるも神徳を汚さんことを畏れ赤石山円通寺に奉遷せり。
 円通寺は頼光院高山家の先祖なり。偶々慈覚大師開山の爲地所ご選定にて暫く円通寺に足を留められし際、住僧観世音寺跡を話せしに、大師仏像を拝され、御尊像は世にも稀なる十一面観世音なれば堂宇を建立して奉祠せよといわれる。宿入等と計り赤石山の上方高地を選び堂宇を建立せり。
 観音堂の宝物の内に日本独鈷(どっこ)の一つがある。他に高野山金剛峯寺に一つ、山寺立石寺に一つあるを謂う。独鈷の長さ五寸位で甚だ重く質の何んであるかを知る人なし。
 この独鈷をもって祈祷すれば如何なる難病も快癒すると伝えられ、珍重されている。巷間に伝わりし伝説を記したものである。」
 


 朝日が降り注ぐ境内にお堂がありその奥に小さな社が程よい加減で祀られています。村の方々に大事に祭られている観音堂です。散策をしてここは響かせることなく失礼致しました。

 次も同じ太白区坪沼にある坪沼八幡神社です。観音堂から一山越えて南に田んぼの中にこんもりした森があり、鳥居が見えます。狭い道を進むと丘には広い駐車場があります。
仙台では最も古い八幡様のようです。縁起に以下のようです。
「今より凡そ千年の昔、陸奥の豪族安倍頼時が乱を起こした前九年の役で、征夷大将軍に任ぜられた源頼義は京都男山八幡宮(石清水八幡宮)に戦勝を祈願し、子の八幡太郎義家と共に東征し、安倍一族の支城・根添館があったこの坪沼にやってきました。
 激戦の末、乱を平定し、天喜四年、源義家が城跡の前方、丘の上に京都男山八幡宮の御神像を祀ったのが坪沼八幡神社だと言われます。約千年の歴史を持ち、仙台の中で八幡様を祀る最も古い社です。」
 御祭神は四柱で、応神天皇を主祭神とし、相殿に神功皇后と武内宿禰、仲哀天皇はをお祀りしています。
 駐車場からの境内にはさざれ石、本殿脇には御神木の杉の巨木、それに夫婦杉もあります。本殿の他に別宮三座、不動宮三座、鐘楼、神楽殿もあり、境内は綺麗に手入れが行き届いた神社で、氏子さん達に大切に祀られているのでしょう。太陽の光を頂き、ゆったり心地良く参拝しました。ここも特に響かせる事も無く終えました。



 次は村田町にある干咾不動尊(かんまん)です。見慣れない名前のお不動様ですが、かんまんは梵字で不動明王と文珠菩薩を表すようです。姥ケ懐(うばがふところ)というところにあります。
 山間の道を進むと赤と青の幟旗が見えます。赤い鳥居があり普通の民家のような家が左手にあり、お社が祀られています。



 奥に小川が流れていて岩盤を流れ下りますがそこに小さな滝があります。その段差の岩の中に小さな祠がありお不動様が2体お祀りされています。テンメイの大和農場の小川のお不動さんのような感じです。 拝み屋さんがいるとのことですがどなたも居ません。
 暫し滝をめでてここも響かせる事も無く次の目的地へ移動しました。

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