2018年1月1日月曜日

1171「伊達1」2018,1,1

 2018年正月元旦を迎えました。あけましておめでとうございます。2017年を無事に過ごす事ができたことに先ず感謝です。その上、新たなる年を迎えることが出来、大激変の中、未だ至らぬ数々の事に悔悟、反省、お詫びをして、己が役目に是までのように淡々と進んで行きたいものです。今年も引き続き宜しくお願いします。
 当ブログ「自分で自分を自分する」は2017年には毎日更新をする事が出来ました。今年は果たして如何成るかその時々で進めて行きますので善きタイミングで訪れ下さい。
 
 2017年は仙台藩初代藩主伊達政宗生誕450年という事で、各所で記念の催事が行なわれていました。2017年12月にあわ歌の中山博様と伊達な旅と称して宮城県仙台以南の各所を巡りました。その時の事をお伝えします。
 12月8日はあわの里天命舎であわ歌会の開催でした。中山さんは11月10日を境にし、11日から日々お与えの行を為されていて果たして、あわ歌の響きはどの様な変化を為したのか、今回はその体験でもあり、興味深くあわ歌を拝受しました。

 今回は仰向けに寝て足元から中山さんがあわ歌を響かせて振動、エネルギー・情報をお送りくださいました。私は遅れて参加しましたが会場は既に是までに感じた事のない振動に満ち充ちています。暫く他の方への響きを聴かせて頂いていましたが体内で幾度と無く共鳴共振が繰り返され頭が無くなり唯一つの振動体と化す感じです。



 いよいよ私の拝受になりました。脚から響きが入り全身を巡り、頭を抜けることなく思考停止状態で細胞の芯まで遍く情報が伝わる感じです。不純物、遮断物がクリアーカットされて、無成る1つとして共振しています。気が付くと眠りに落ちていました。その時に頂いたお言葉は以下です。

「さて これより成るなり。皆々ひとつへ参らるる。
 大きな道開きて、それぞれ思いを定めて只々委ね参り行く時迎えます。
 さんさんさんのこの地の気を受ける。是よりの大きな響きなり。」


 お言葉の他に絵が描かれています。顔が2つで男性と女性の様です。私の脚の辺りに見えたと言います。思い当たる事はないかとのお尋ねですが、皆目見当がつかず、果たしてどなた様でしょうか。

 更にTさんの頂いたお言葉は以下です。
「栄えあれ、栄えある。再びのこの時、大いなる光持ち、共々に参り行く。
 ふつと成るなり。許されたる。ほのぼのおおい写りて参る。」

 あわ歌唱和会も今回は床に座って行ないましたが、良い感じの響き合いで心地良い時間でした。その間に円を3つ描いてその中に「さん」と記されています。歌い終わって最後に以下の言葉を書かれました。



「訪れたる地、踏み行く大いなる地ぞ。必ず伝えて あゐうゑを」

 これは明日からの巡りの地の中の何処かで行なうことの様です。1日に3ヶ所でしょうか。

 唱和会も和やかな内に終えました。中山さんは11月11日以降は数々の行を為されていますが、その中で座禅断食会に皆さんと参加されてきたようです。兵庫県のお寺での2泊3日の行ですが、伺うと私の行なっている座禅断食と同様に、そのやり方は野口法蔵師の指導下のもののようです。お陰で、以前にも増して食は細くなり、お酒はほとんど召し上がれない様に変化して来ている様です。
 そんな事情もあり、食事会は居酒屋さんでなくお蕎麦屋さんでの開催になりました。お店に向かう途中、仙台の冬の1大イベントとなった光のページェントがこの8日から開始です。そのメイン会場の定禅寺通りを通りすぎてその光の世界を皆さんのお楽しみ頂きました。


 お蕎麦屋さんではほとんど皆さんは、仙台で冬の味覚の代表の牡蠣をふんだんに使った牡蠣蕎麦を召し上がりになりした。味わい深い味覚に美味しいと大満足です。嬉しい限りです。お酒もほとんど召し上がらずに散会となりましたが、以前の懇親会とは様変わりです。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿