2017年11月20日月曜日

1129「宇宙人9」2017,11,20

 ケルト族のドルイト教があります。ストーンヘンジに白装束の祭祀者が集まって、ある日、家の戸をノックしてその家の誰かを生贄として差し出させるのです。出ないと沢山の人が殺されるのです。
 人の形のストーンヘンジの中に人形の檻があり、その前に煮えたぎった鍋にリンゴが浮かんでいる。檻の中で燃やされるか、燃やされる前にリンゴを口でくわえろ、という儀式があります。リンゴくわえたとしても顔面火傷など苦しみの人生が待っています。拒否して檻の中で燃やされるかのど、そのちらかになるのです。ストーンヘンジの真ん中から人骨が沢山出てきました。
 これが元になったのがハロウィンです。やらないと多くの人が殺される。先に生贄を出すと救われるのですが、どちらにしても不幸に成るものです。そして人間を生贄に差し出した家は悪魔の格好を許されるのです。それが目印で自分達は殺されないのです。

 ハロウィンの仮装をすると悪魔に波長が繋がり易くなります。カボチャを家の入り口に置くのは悪魔が入りやすくする為です。悪霊がカボチャのかたどった中にいます。顔の形をくり貫いたカボチャに人肉を入れてもらえます。悪魔はそれを食べて家の中に入らない様にしているのです。カボチャは悪くないのですがそういう使われ方をしたのです。
 出所が分からない宗教のイベントには気を付けることです。ですから分からないことはしない方が良いです。

 大日月地神示は大銀河霊団連盟のことで、そこからのメッセージです。神示の目的は地球の霊団への指導です。地球人が読んで霊人、霊団を指導しろという事です。霊人達が人間様に教えてもらう事が日月神示に書かれてあるのです。声を出して読むことが良いです。その思考が地球人から霊団を教育し指導することになるのです。
 これまで悪魔霊団にマインドコントロールされて支配されてきました。それをひっくり返す内容になっています。だから読むと霊人たちは怒ってくるのですが大丈夫です。
 自分の気付きを深めるので、何かある時に助けてくれます。おびき出して隠れている悪を捕まえるのです。これによって地球霊界は、てんやわんやで変わってきています。他星の悪魔霊の攻撃を受けていますが満月に向かって浄霊しています。」

 かれこれ3時間以上のお話でしたが驚きの真実を教えて頂きました。休憩を挟んでその後は質疑応答です。その内容も簡単にお伝えします。

・思考の中に感情があるのか
 そのことはテキストの60頁に書かれています。
 己とは思念・情報を選択する存在です。肉体からでるものはDNAに、魂には過去生が、霊には霊存在が係わります。今世で生まれていろいろな事を経験して来ます。それは関与してくる霊存在から受けています。
 自分とは何か?私とは思考を選んでいるものです。思考にはその出所があります。感情も瞬間で、思考の一部で、その出所は異なるものです。

・磁場、エネルギーが変わると思考が変わることについて
 宇宙規模で磁場が変わります。例えば、家の外が気温マイナス20度で家の中がプラス20度だとすると、家の外と内では感情はどう変わるかです。明らかに思考、感情はかわります。又40度のお湯、お風呂に入るのと、入らないのでは感情が違います。温度変化はエネルギー変化であり、エネルギーが変わると感情が変わるのです。
 今は、霊的エネルギーは冬から春への変わり目で、ネガティブなものが出ていますが、それは実は残像です。起きているのは過去のネガティブな意識が出ていて、やがてそれは去り、建設的な意識に変わるのです。
 ネガティブなオカルトィストから離れる事です。そのことを知らないと嵌められてしましまいます。

2017年11月19日日曜日

1128「宇宙人8」2017,11,19

 月は人工物だと思います。月は岩石で作られたもので人工的に操作しています。月ごと人工物として地球を監視しているものです。地球人を支配する為に、観測する為に置かれている人工物です。月の信仰とは何か?その信仰は嘘のものです。

 大日月地神示としていたので、月のことは最初はヤバイと思いました。しかしそれも生命に関与出来るエネルギーと考えると神と言える。霊でも霊団でもない、エネルギー体としての働きは支配すること。善悪で分けると悪神になるが。
 しかし、月があるが故に今があります。そういう意味では必要として与えられた神と言えます。誰が何の為に?それは支配してきた他星人たちなのか?良い他星人から悪い他星人に乗っ取られたのだろう。天変地異が起きて、悪い事が起きるのですが、それを観測する使われ方に変わったのです。ではどういう使われ方かだ。

 満月の時には動物的に出産が多いです。エネルギー的に興奮し、欲情します。それは何故か?
 恐ろしい話ですが、満月の光りはこの地球を照らし出しているビーム、鏡の様なものです。そこに太陽エネルギーが来ているのでないとしたら、太陽があたっていると見せかけていて、別なものが入り込んでいるのです。別の不浄なエネルギーが入り込んでいるとしたら、どうでしょうか。遠隔で、とあるエネルギーを月に当てて地球へ送っているとしたら。
 このばれない月の光りこそ魔の月でないのでしょうか。狼男、ドラキュラが出るのは何故か?大昔には、月は神話に出てきません。あるのは太陽神だけです。途中から月が出て来ました。昔は太陽と星々だけでした。月は魔の星という神話で、水と悪魔の星と言います。

 その時代のシャーマンが月の存在をそのように捉えたのです。何故、悪魔的な月を崇拝するのか?何故満月で出産するのか?光りを浴びる事でそうせざる終えない状況にされているのです。それが太陽の光でないとしたら悪魔の光だと言えるのです。太陽の光として、悪いエネルギーを流し込んでいたのです。その様にして支配可能であり、支配してきたことが分かりました。
 月が悪い訳でなく、月を利用して来たものが悪魔的で、他星人でかつて地球に入り、奴隷化してきたのです。そこでDNAを操作し、そして寿命を短くしました。その上、脳が100%働かない様に回線を切ったのです。そして宗教を植え付け、自分達を崇拝させ、恐怖の洗脳をした人種なのです。
 恐怖で支配し、洗脳することで、地球から離れていてもそれをすることにしたのです。宗教をさせているのでコントロールすることは可能で、それらは地球から他星へ出て行ったレプティリアンです。それは悪い他星人だ。そうなければもっと賢く、長生きできていたのが、DNAをいじっていった。それとプラスして月の支配でそのリズムで生きる様に仕組みを作ったのです。

 明日、4日は満月で悪魔教と繋がる日です。それはハロウィンと同じことです。ハロウィンはクリスマス以上に悪魔化して憑依しやすくなります。仮装をするとそれに成りたいという憧れ意識が働きます。仮装も嫌いな事はしないので、悪魔の格好をするとそうなり易くなり、悪魔が入りやすく、乗っ取られ易くなるのです。その仕掛けに日本人がまんまと嵌まったのです。祭りごとが楽しい、が祟ったのです。それは意味が関係なく、楽しめれば良いレベルのものです。

 クリスマスもそうです。二ムロドはヨーロッパを支配した独裁者です。自分の母親と結婚し子供が生まれ、やがて死にました。母で妻はその王を何とか愛される者に変えようとしました。
 そこで12月25日に復活する作り話を作ったのです。ノエル、新しい生命が芽生える、悪魔の王が復活するとしたのです。それを食べる事は祝福すること。神話をいっぱい作って12月25日を祝う事として、その事がキリスト教の中に入って行ったのです。聖書に12月25日の教えは無いのです。一切祝うことはないのです。何故か12月24、25日が何時からか流行り始めたのです。
 ニムロドはサタンと契約をした者です。支配とは分からない様にマインドコントロールして逃れられない状況を作って行ったのです。悪魔の事は良く分かります。私は霊媒として魔界からスターとしたので良く分かります。悪魔は人間を食べます。食人は近年まで続いていました。それは世界中にありました。世界のタブーと言う本がありましたが、そこに書かれていました。悪魔のやり方は、嘘を植え付けて、洗脳してやらされることです。

2017年11月18日土曜日

1127「宇宙人7」2017,11,18

 リアルな肉体に昆虫、両生類など、この大気、水と重力に見あわないと生きられません。人類はこれが1番見合っているのです。五色人の中で青色人が絶滅していますが、地球の変化に対応できず、地下にもぐりました。地下で生きた種で、他星と関与して生きて来ました。それはシャンバラと言われています。
 地球は空洞でありません。地下都市はあります。それは無尽蔵にあります。どこでも作っています。ただで、安全で、核戦争、温暖化でも安全です。地上が危ないので地下へ逃れているのです。地下への出入り口は沢山あります。青色人は死んだのですが、いろんな種と交配をしました。人間は太陽光を浴びずには生きられません。やがて病気になってしまいます。

 色んな他星人がありますが、映画の「メインブラック」を見ると柔軟性を得られます。固定概念、拒否反応を払拭することです。地球人のヒューマノイドに慣れることです。どこまで寛容になれるかが大事です。地球人は形に囚われすぎで遅れています。しかしそのような教育を受けたらそれが当たり前になっていきます。
 ナサが銀河は2兆個あると昨年発表しました。ヨーロッパ、ESBが先に発表したのですが、その後で発表しました。1銀河に2千億以上の恒星があり、その恒星に付いている星があるので全部ではとてつもない数の星があるのです。宇宙意識が大事になります。
 宮城県仙台市だけという意識では駄目です。それでは点にもならないものです。その感覚を教育していくことが必要です。今は傲慢になっています。このような宇宙情報を聞くだけで気が遠くなります。

 宇宙マップをナサが出しました。ダークマター、ダークエネルギーを出したマップです。宇宙を把握し始めたようで、ナサはなにか焦っているようです。他星の存在から本当の事を早く公開するよう圧力を受けているのかもしれません。
 そこには何かの交換条件があります。政府の中に宇宙人が入っていて、その中の教えで急がされていて、宇宙へ意識を向けさせている。今はメディア離れで、情報を出しても情報格差が生まれています。そのことに興味持たないと、何も分らないで死んでいくことになります。
 この格差は止められず、どんどん広がります。真実は1部の者達だけ知り、継承されて来ています。知った人達の言動、行動があり、皆が知ると同等になります。そのことをシェアリングすべきで、私はシェアリングして行く様にしています。

 私は18歳の時に真実を知りたいと思いました。霊媒となりチャネリングで情報を得て、それを解決できました。真実を知れば誰かと共有したくなります。それを言いたくなります。それを教えられたら、分るようになります。それを普通に対話できたら面白いことです。
 逆に選民意識になっては駄目です。今までの歴史はそうでした。知識を限られたものだけで占有していました。しかし目が覚め、それに見合った言動、行動で流れが変わってきました。得た知識をどう活かすかは自分次第です。活かしたくなるし、それをより大きな喜びにしていって価値があるものです。

 木星、土星にも水があることが判明しました。ニュースで出ていますが、火星にもあります。太陽系内に水があると言い出しました。大きな力が働いて促されているのです。早く知って、次の情報開示に備える為、宇宙人の存在を認められように促しているのです。その後、他星人を見てもパニックに成り難いし、その準備のようです。
 月はかつて彗星で飛んできたものです。地球の重力に捕まって水が流れ、天変地異が起き、ポールシフト起きました。月の裏側に基地があり、穴、空洞があります。ここから次ですが、月はどういうものか?です。
 重力の影響で潮汐運動あり、生命体は月の影響でリズムを受けています。そこに支配されています。月の存在に生命の営みが支配されています。
 彗星がうまい具合に捕まった。そして他星人が沢山いるとしたら、あの地球はどういう使われ方をしたのか?月はどうして同じ姿なのか?地球は廻っているのに何故変わらないのか?疑問に思ったことがないのか。


2017年11月17日金曜日

1126「宇宙人6」2017,11,17

 ボリビア ティワナク遺跡、プマプンク遺跡:17000年以上前の世界最古のもの
 花崗岩、閃緑岩で製作しているがダイヤモンド出なければ不可能
 巨石加工技術、数ミリ巾の加工技術
 280万年前の原人化石発見(エチオピア)
 巨人の骨出土(中東、アフリカ、31億年前形成
 ネフィリム、タイタン足跡 12mで新潮75m
 レムリア

 いろいろの痕跡がありますが謎では駄目です。それを宗教界が認めません。科学界では分っているのですが駄目です。それらの事を皆でシェアリングすれば良いです。専門家が言うと危ないです。それらは他星人が作ったもので、それを地球人が使いまわししたものです。石を加工したもので他星人のものです。花崗岩、閃緑岩の加工は当時の人間では無理で、現代でも無理です。他星人がやったことです。
 私たちのマインドコントロールをいかに払拭するかです。それらのことは動画で調べられます。これが証拠だと歴史を整理することです。


 280万年の原人の化石で、人と猿とは違います。人は作られたもので、猿と人はDNA的に全く違うものです。猿が人に変わることは無いです。1番古い原人が見つかった。それは人が操作されて作られたものです。巨人の骨が沢山見つかっていますが、あまりに古すぎて31億年前です。物が物なので、とんでも話しになるのですが、他星人が化石化したものが残ったものです。
 オリオン座系の人は身体が大きく巨人です。ギリシャ神話はあながち間違っていません。それは宇宙人のことを小説化したものです。霊性が低く、テクノロジーが高い他星人の話しです。探せばいっぱいあります。
 大事なのは自分の中で正しい歴史認識に入れ換えることです。これからどうなって行くか?宇宙時代に変わって行きます。宇宙と交流を持ち、関わる時代です。宇宙への知識を上げることです。それへの恐怖では駄目で、宇宙を理解することです。その為に、この事に気づいた人から変わって行くしかありません。

 ナサなどが最近、宇宙情報を急に出し始めました。この2、3年に何かが解禁になったようです。宇宙中に水があるのです。太陽系内にも水が発見されました。月に直径50mの穴が見つかり、円柱状でその下に巾100m長さ100キロmの空間があるのです。それは完全に人工物です。
 アポロで行ってサンタクロース発見したのです。11号の時には月へ行っていません。44年に月に人類は初めて行っていますが、その年に私が生まれています。月の裏側は基地だらけで、そこは他星から来た存在の拠点です。それらは日本のかぐやの映像で見れました。
 なぜ米国は宇宙人の存在を認めないのか。ロシアは認めています。プーチンは他星人と話して選んでいます。米国は悪い他星人と関わっているようです。やがて米国は内部崩壊して行きます。そしてまともな人が出てきて州が独立して行き、西側が割れていくようです。

 シャーマンは誰と対話したのか。そこには異次元存在の中の他星人の声もあります。現次元の肉体を持つ他星人、肉体を持たない他星人もいます。かれらは瞬間移動出が来きます。霊体エネルギーでいながら、現次元に物質化出来る他星人がいるのです。
 我々は肉体に入っているエネルギーで、入っている霊エネルギーが私です。死ぬとはこの肉体を使わない異次元に留まる存在となることです。科学的に学ぶことです。ですから死ぬとは、肉体を使えず霊体として異次元で活動するか、新たな肉体へ入るかを選択するのです。
 しかし宗教ではそのことを認めず、タブーで、そこは恐怖で統括する為に知らせないのです。我々の神は他星人だ、としたら教会を拝まないでしょう。真実を理解するには無宗教が良いです。
 いのちを司る存在が神です。他星人の形はいろいろあります。霊体はエネルギー体で、何々人と言えない光りの粒、玉で、ですから何々人と言えません。瞬間移動出来て、意識で銀河を超えられて、そこでは何々星人もないのです。指導霊にも何々星人があります。そこからのインスピレーションでその星に惹かれることがあります。

2017年11月16日木曜日

1125「宇宙人5」2017,11,16

 なぜ宇宙はそれを許すのかです。霊性が高ければ問題が起きないはずです。本当はもしも一流大学に入る位の人なら、他を慈しむ意識の人達なら問題は起きないはずです。
 私は他星存在、異次元存在からマークされています。家に不法侵入されています。寝ているとエネルギーで縛りつけ、金縛り状態になったりします。念でテレパシー交信するのですが、テレパシーで攻撃してきて気絶させられました。意識が無くても霊体としてものを見る意識を持っているので、彼らのやっていることはわかります。私の脳を異次元手術をして、脳の中にチップを仕掛けていくのです。
 なぜこの様な霊性が低い者がテクノロジーを持ったのか解せないです。私は到底勝てません。脳をいじられると反応して身体が動くのです。私を遠隔操作をしようとしています。世界の要人はほとんどやられていると思います。その様なテクノロジーで思考、感情操作を行う事が可能です。
 この様な事が行なわれ、これがあることを先ず認めることです。これは違法です。他星人、異次元存在に対して犯罪行為だと訴えています。声を大にして言っている。しかし聞いてもらえないならそれが答えです。

 しかい面白い計画で、それらを全部見続けている存在がいるのです。おとり捜査されていて、その証拠を取っていたのです。宇宙Gメンがいたのです。彼らは私に異次元手術をしてくれるのですが、やり方が優しく、気持ちが良い感じで、前よりスッキリする、開放感があるのです。霊性の高い異次元手術を味わえて良かったです。
 未だこの地球は捨てたものでないと思いました。その前はやっても無理だと思って欝っぽくなった。ネガティブになっていた時期がありました。しかし今は頑張ります、の状態です。
 地球でやられている事は銀河でやられていることです。監視の問題があり、それを見ている存在が、それらをどの様にして解消していくか話し合われています。ここで行われている事は全部見られているのです。そこには星の因縁が現われています。地球は宇宙の雛型で、日本は特にその世界の雛形なのです。

 出口王仁三郎とも話しましたが、違っていても良いことがあります。昔の人は、地球人は他星人と共に生きていたことを引き継ぐ教育を受けていました。宗教も他星人を崇めるところから始まっています。
 良い他星人と悪い他星人の違い。悪い他星人は生贄を行ないます。諏訪の御柱祭も生贄の祭りです。昔から人を柱に括って生贄にしていました。昔は神主が生贄にされていました。御頭祭も鹿の頭でなく最初は人の頭でした。日本にも悪い他星人が入り込んでいたエリアもあるのです。ですから全てがずっと良いわけでなく、悪いものにやられていたエリアもあるのです。

 東北で考えると蝦夷より古い時の教育はまともな教育がなされていました。東北に良き国あり。自然を大切に崇め、アニミズムで助け合うレムリア思想です。神道は自然崇拝で、所有しないで、移動する民族で、サンカはその名残でした。
 生き物との関わり方で、縄文時代は寒くなく、共生出来ていました。やがて動物を殺して生態系を壊すことが生きるために出てきました。段々、本来の教育から離れてきました。温暖なところから寒冷化し、環境が変わって動物的思考になってきたのです。でも人間同士では平和でした。

 アルシネオ銀河、私たちの銀河にも色々な星があり、ネットワークが出来ています。大銀河連盟、銀河連盟があります。隣はアンドロメダですが、大銀河連盟には8万の銀河が加盟しています。それらが地球に関与しています。200~300種が來星して報告しています。
 地球で転生を選んでいるのは20位の種がいます。宇宙で考えたらもっとあります。私たちの魂はそのどこかに関与しています。何々星の代表かもしれません。出所はどこかの銀河で、その代表者として宇宙から監視されているのです。そう考えると責任が重大です。

 プレアディスは地球に関与していますが1回地球から引き上げました。レムリアの時ですが、又その後に来た時に派閥が変わってアトランティスとして関わりました。プレアディス、スバル座にもいっぱいいて、スバル座方向の中で内乱があって、その者たちが銀河に関与して来ましたが、それらは悪い者たちだと思っています。
 プレアディス星人ともチャネリングしていますが良いコミュニケーションがありました。チャネリングを始めた最初の1年目でした。平和的でした。学校のイメージで、転校生を暖かく迎えてくれて、質問している感じで、それがファーストコンタクトでした。


2017年11月15日水曜日

1124「宇宙人4」2017,11,15

 バックボーンは思考で、思い込みが現われて来ます。思考を変えることです。全ては思考に支配されています。地球人の思考を操っている宇宙人がいます。感情、思考にも関与する他星人がいて、今まで悪い他星人が意識、思考を操って来たので、その現状がこうなのです。
 霊的問題でも大きい集合意識体を操っている存在があります。地球の人達をコントロールしている存在があるのです。地球の人達をコントロールしている存在がいて、私は毎日それらと戦っています。一般の人は知らないことですが、その様な事を教わっていないからです。

 異次元は無法地帯で他星人が関わっています。これまでは悪魔的異次元存在が巾を利かせる時代です。しかし今は、冬から春の時代へ変わり、磁場が変わり、悪魔思考が巾を利かせることが出来ないように成って来ています。
 今、その残像が癖として残っている状態です。その支配していた時代はこの数年で終わって来ます。今はそのマインドコントロールを払拭するかです。ですから、今は変わろうと思うと変わっていける時です。
 前に夢は叶えられなかったが、今は物凄いスピードで叶う様になって来ています。その為にはネガティブな癖を外せば良いのです。それは個体差があるので自分との戦いです。宇宙人との関わり方で未来が変えられます。私の望みはレムリア思考の復活です。私と合わない人は自由にして下さいです。

 私は世襲は大嫌いです。そんなシステムは考えられないことで、それを無くしたくないのは、王族方で裏の社会を牛耳っている人たちです。それに対してどうするかですが、そのバックボーンが悪の霊団、霊人です。
 古代エジプトのピラミッドから色んな物が掘り出されています。歴史上それは繰り返すものです。
 壁画にファラオが描かれていますが、その姿の彼らは身体が大きいです。そしてその召使は身体が小さい。ファラオは巨人種で、交配が進んで身体が小さくなったと思われます。頭が長い者もいます。他星人と地球人のハイブリッドですが、他星人の方が持っている能力が強いので特殊能力を発揮出来ました。
 基本的な歴史の流れは、地球に色んな星が入植して、色々なエリアで実験を始めたのです。新品を生み出し持ち帰る。又、持ち込んだものが生きられるか、その調査などをしたのです。最終的にそれらをミックスして生態系の中にプログラミングしたのです。それを継続するように宇宙連合で決まりました。

 地球はそれぞれの星の生き物が反映されています。宇宙人のタイプで昆虫、爬虫類、鳥類、魚類、哺乳類等です。性質もそのままです。昆虫は群れ、短命です。爬虫類は凶暴で肉食系です。鳥類は羽をもち飛びます。四肢半獣、人魚は半魚人です。宇宙にありとあらゆるタイプのものが存在しているのです。映画や漫画がありますが、太古から神話などでビジョンを得た人がそれらを描いているのです。
 子孫がその代表者として来ている人が多いです。そこに誰が偉いかどうかは無いのです。見方を変えると地球は動物園で、このような星は宇宙でも珍しいものなのです。地球には宇宙コロニー、生態系があり、動植物園です。公園だけの時は地球人は存在していません。他星人が持ち込んだ微生物、動植物しかいない時代が長いのです。

 そこから自分達に似せたハイブリッドを作る時代に変わりました。他星人と地球人と共生している時代があり、やがて他星人が地球から出て行って地球人だけになった時があります。私たちが知っているのは地求人だけの時代で、その前は猿だったと教わったのは嘘です。その頃、そこでは宇宙人たちと暮らしていたのですが、それを隠蔽されているのです。そのことを宗教界が許さなかった。それは神の概念が壊されるからです。
 今、地球人の中に他星人が入り込んできている時代に移って来ています。他星人として生まれ変わり、地球人の肉体に異次元として関わっている存在がいて、そこには憑依もあります。肉体は地球人でないが、地球人の振りをして入り込んでいます。それは他星で作られ地球にも適応できる肉体で入り込んでいるのです。ですから見分けがつきません。そのテクノロジーがずば抜けているのですが霊性の高い、低いがあります。

2017年11月14日火曜日

1123「宇宙人3」2017,11,14

 私たちの本質は魂で、何人でもありません。肉体は自分ではないのです。肉体は貸してもらっている生命体で、入れ物でしかないのです。私たちの本質は霊エネルギーで、今はたまたま地球人、日本人としているだけなのです。来世は決まっていないのです。
 私たちはハイブリッド種で幾つも用意されていました。五色人として掛け合わされました。何故この星でそれが許されているのか。それが地球の秘密です。地球は実験星として、地球文明が作られてきたのです。ここは宇宙の雛型として作られました。仲良く暮らして行けるのかの実験場で、これに関わる宇宙人はこの地球を観察し続けて来ているのです。ですから簡単に手を出さない、それは観察しているからです。このことは誰も分らないことですが、私はチャネリングで教えられたことです。

 私たちは実験の対象で、その中で転生しているのです。なぜ世界がもめるのか。始めからもめる星で、平和になれないのです。混在したものを入れた星なのでできないのです。その仕組みを知ると腹が立ってきます。こちらはどうしたら平和になり、幸せになれるか?なぜ宇宙がそれを許すのか?と思います。
 これが全ての答えです。それを知って自分がどう生きるかです。それが諸問題の根源なのです。しょうがない!真実を知って行き着いたものが、しょうがない!です。しかしそれを、どうやって喜びに変えるか。どう改善して行くかです。諦めて生きるのを止めて引き篭るのではありません。

 地球の歴史を見ると良い時代もあります。ムー、レムリアの時代が全盛期で一番教育が正しかった時です。それらは琴座星人が中心でした。ムー、レムリアは琴座方面から来た方々が中心になり作った文明です。それが日本人、黄色人種の元です。日本人と顔はそっくりです。背が小さく、霊性が高いのです。頭が良くなると身体は小さくなります。それはエネルギー効率からそうなるのです。テクノロジーで危険を回避出来るからです。
 霊性が低いのは動物的で大きく、力が強いものを求めます。元から違うのです。それは人種差別に繋がりますが、それは種の違いです。黄色人と黒人、白人は違うのです。どちらかと言うと仲良く出来るのは黄色人種です。それらの種を突き詰めていくと星に行き着くことになります。

 琴座から霊団として大量に移星して来ています。地球をより良くし、自分達の拠点を得る為に、宇宙の命を受けて、地球での転生を選んで来ています。彼らは黄色人種を作って転生する道を選んだのです。しかし魂はバラバラです。
 私に縁が深いのは琴座です。ムー、レムリアと聞くと嬉しい気持ちが起きます。優しい平和な事を好きなのは琴座です。海が好きなのはシリウスです。それらは魂の記憶です。琴座をライラと言います。響き、宇宙語は地球的発音をしません。言葉にならないテレパシーです。

 今日の話はあまりにも価値感が変わりすぎると思いますが、皆さんは自分の扉を開きたいから来た人達です。そこへ行っても建設的に未来に関わる人たちになって欲しいと思います。皆で新しい世を作って行く役割です。私たちが知っている歴史はほんの少しだけですが、それは教わっていないからです。
 ムー、レムリアは平和でした。その時代を復活したいと思います。それが私に与えられている使命です。これまではアトランティス勢力の支配下の世の中でした。悪魔的他星人に乗っ取られた状態です。合理主義、支配主義、ピラミッド構造が正しく、それを守って行くことですが、しかしその世の中は幸せではありません。そこに格差が生まれました。
 ムー、レムリアに戻すことです。そこには支配がありません。個々、1つ1つを慈しみ、大切に生かす。地球の非支配、所有をしない、完全な平和な、その時代があったのです。又それを生み出す事が出来る。それをする教育です。出来ると思ったら出来ます。今生はそれをやって行きます。本気でやっています。1人が本気を出すと凄いです。その正しい方向付けが必要です。同じ方向へ動く人がいることが励みになり、その渦が大きくなり、エネルギーが大きくなっていきます。

 レムリア思想へ向かっています。それをシェアリングすると皆の幸福感が広がります。世の中は意識で作られています。意識で形が作られるものです。ですから、この顕在世界は何もかも意識が変わると変わるのです。

2017年11月13日月曜日

1122「宇宙人2」2017,11,13

 3日5時間講演会テーマは「宇宙人を語る」です。今回は15名ほどの少数精鋭の参加者です。しかし内容はすこぶる斬新な濃いものです。お話を簡単に紹介します。


「この世は仕組まれています。その事を知るとこの世界の裏が分ります。異次元世界と同様にそれを知ることは歴史を知る上で必要不可欠なことです。
 私たちはマインドコントロールされています。人間は猿から進化したと言われますが、猿は1億年経っても猿です。猿が人間になって宇宙に行き、ロボットを作る事は有り得ないことです。私たちは猿が進化したと思い込まされているのです。世界中の民はマインドコントロールされていて、人間の起源を正しく知らないのです。
 真実は誰かに教われば分ることです。なぜそれを教えないのか。教えない側から見ると、分られると困るからです。嘘が分られるので、1個知るとどんどん暴かれていきます。それで甘い蜜を得ていた者はそれを拒み、知りたい側はどんどん暴くことになります。

 宇宙人のことも興味のある人しか入らない情報です。今日の講演会にも世間的に変わり者の人達が来ているようです。私から見ると普通でまともな人と思います。変わっている人が普通で、良くそこへ意識が向いて来たと思います。
 テレビで宇宙人番組は今はバラエティですが30年前は特番でした。だんだんと縛りが強くなって来たからビート武の番組の様な中でやっているのです。そこであることに気づきました。特番で流せなくなったことがあるのです。
 昔は特命リサーチの番組がありましたが、そこで宇宙人問題をやっていました。生きた宇宙人を捕まえて映像公開したことがあります。しかし新聞でのタイトルは別のもので本番放映だったのです。その特番で宇宙人の映像を映したのです。
 しかし翌週からその番組は打ち切られました。何故か?それはプロデユーサー達が暴露しようとして首になったのです。その後は、何の説明もなく変なドラマ番組に変わりました。勇気有る行動をしたスタッフ達でした。それが20年経って、その時の特番の映像が出てきたのです。そこに写っているのは10cm位の大きさの宇宙人です。

 私の中では当たり前のことですが、世間一般でシェアされている情報から示して行きたいとおもいます。
 宇宙人は存在し沢山います。物凄い種類いるのです。その中には良い者、悪い者がいます。地球人と同様に良い者、悪い者いるのです。宇宙人は恐怖の対象ではありません。恐怖の存在だとハリウッド映画で洗脳しています。そこで私たちはマインドコントロールされているのです。
 宇宙人とは宇宙から来た人、天空から来た人。
 エロヒム=ヘブライ語「天空から降りてきた人々」
 アヌンナキ=古代シュメール
 ネテル=古代エジプト
 カチナ=ズニ族(メキシコ)
 ハンモ=ドゴン族(アフリカ・リマ)
 チ=古代中国・漢民族
 これらが地球人の起源=他星人の子孫。


 他星人は地球に前々から関与してきています。地球人の起源は、他星人のDNAを受け継いでいるのです。それらDNAを猿と掛け合わせています。地球の免疫を得る為にそのトップと掛け合わせたのです。何故哺乳類を選んだのか。それは宇宙での多数決で決められました。宇宙には色んな宇宙人がいて、派閥があり、連合体もあるのです。
 天の川連合は宇宙の外れのど田舎銀河で小さく、力が無いものです。村の外れの村にも成れない銀河の中の私たちなのです。何故か、私たち以上の存在がいると思えない思い込みが恥ずかしいことです。それは教育によってそうなっています。正しく情報公開されることで変わって行くことです。人は真実を知りたい、騙されて生きたくない、と思います。

 起源はどこで、何処へ行くのか。そこがはっきりしないと、もやもやが解消されません。他星の人々、何々星の子孫というマインドコントロールの派閥が始まっています。しかし答えは、あらゆる星の寄せ集め、が正解です。それぞれのDNAを入れているのです。
 何の為か?それは実験の為です。私たち人間はハイブリッドとして作られました。異種な者が生きていけるのかの実験場が地球なのです。

2017年11月12日日曜日

1121「宇宙人1」2017,11,12

 11月3日は文化の日です。数字として113ですが逆にすると311です。何かありそうな気がいていたら以下の様な事象が起きていました。その事に触れたサイトの内容を一部紹介します。
「神々が動いている」2017,11,5「大和ICと百済来、そしてヨハネの切り札」です。
https://blogs.yahoo.co.jp/menefune_1025/56524283.html

「2日に来日したトランプ米大統領の長女イヴァンカ氏が、東京プリンスホテルで開催中の「国際女性会議WAW!」で講演した11月3日、宮城と熊本で事象数「11」を示す衝突事故が相次いだ。
 宮城県黒川郡大和町の東北道下り大和IC付近では、3日午前10時ごろ3ヶ所で事故が発生。関係した車は合わせて11台。11人が負傷した。
 その15分後、熊本県八代市坂本町の踏切で、JR九州11番目のD&S列車「かわせみ・やませみ」が荒瀬ダム撤去作業の建設機械を載せたトレーラーと衝突。やはり11人が負傷している。
 なんだか「11」のオンパレードだ。
 十+一=土であるように、「11」は天の9神に対する「地の11神」の事象数。
 天の9神(九星)は天御中主神+トホカミヱヒタメの言霊8神⇒悠紀(ゆき)殿。
 地の11神は、キツヲサネ・アミヤシナウの言霊11神⇒主基(すき)殿。
 新天皇の大嘗祭に向けて、これらの事象化はどんどんシビアになってゆくと思われる。
 宮城と熊本といえばともに大地震。「3・11」ならぬ11月3日だし、大和町と坂本町の衝突事故は、天地人の「人」ではなく、「地」の反応と見るべきだろう。
 じじつ第48回衆院選や例の座間市の事件など、このところずっと「人」の事象がつづいてたから、そろそろ「地」がくるかなと思ってたら、第4次安倍内閣が8月3日の「闇の仕事人」内閣のまんま発足した11月1日、鹿児島湾で震度4。
 つづいて富士五湖の山中湖で震度1。以降、5日までに震度4が2回、震度3が5回と「地」が活発になってきている。
 11月22日(ニギハヤヒの日)に向けた前兆でなければいいんだけどね。
(途中略)
 11月1日の地震をもう一度確認してみてほしい。震源は桜島の鹿児島湾と、富士の山中湖だ。2013年8月18日とおなじ組みあわせ。おまけに桜島=ツキヨミの十三夜。
 選挙戦のさなかふたたび「神の死」が示されたと思ったら、第4次安倍内閣がスタートしたその日に「神は死んだ」連動の地震である。グッジョブ! d(T▽T)b
 たぶんこんどの神の死は2013年9月19日に素鵞社仮殿遷座祭で示され、枝野代表と立憲民主党も示唆する"火の禊のスサノヲ"のことだろう。
 11月3日に発生した大和ICと坂本町の事故連動もまた、"父なる火の禊"に関連すると考えられる。またしても「大和」だしね。10月22日=オワリのはじまりに示されたのも、「大和」川だった。

 11月3日は文化の日。大和に文化とくれば、百済が浮かぶ。たとえばミロクも、最初は百済から入った。蘇我馬子の弥勒石像がそう。これに対し、広隆寺の秦氏は高句麗⇒新羅系ミロクだとされる。
 大和町はたいわと読み、合併後の大きな和を願ってつけられた新しい地名。
 「倭(やまと)」の大和ではないが、衆院選の安倍政権284の道=安倍と金の道といい、旧九月八日の10月27日に、天皇皇后両陛下が第37代斉明天皇(朝倉橘広庭宮)の福岡県朝倉市を訪問されたことといい(この件についてはあらためて)、いまの"父なる火の禊"と黄泉のイザナミの99りの流れにおいて、大和ICと坂本町の衝突事故の連動(くくり)が、ミロクとともに百済滅亡⇒白村江の戦いを示唆するのはまずまちがいない。
 どう体裁をつくろったって、安倍「闇の仕事人」内閣の目線は「国難」に向いているのだから。どうしたって百済は来るし、新羅は来る。つぎなるミロクのためにだ。

 JR九州「かわせみ・やませみ」衝突事故の八代市は、日本三大妙見の八代神社。祭神は、ごぞんじ「VS安倍日本」の天御中主神。"父なる火の禊"をリードする高天原の至高神だ。
 坂本町は火の山阿蘇の十二神を祀る。そのひとつが、久多良木神社。地図で衝突したトレーラーの荒瀬ダムを探してて、近くの地名に目が点になったよ。もし大和ICが「大和(やまと)」を示すなら、かならず対応する何かが坂本町にはあるはずだと思ってたからだ。
 その地名とは、坂本町百済来。 久多良木神社もそこにある。まんまじゃん!
 百済来川は事故現場の近くで球磨川にそそぎ、百済来川遊水公園もある。
 由来は以下のとおりだ。
「今百済来村と云ふ、久多良木に作る、(中略)土俗相伝へ、百済僧日羅(にちら)の帰葬する所と曰へり。按に本郡に百済来、新羅来の二村名あるは偶然にあらじ。葦北国造阿利斯登(あり しと)の子日羅、百済国に赴き、達率の位を得又推古帝の朝に百済の僧道欣、道俗八十余人を 率て葦北に入津したり、(中略)百済・新羅の下に来字を付着せしむるは、古語百済人をクタラキ、 新羅人をシラキと唱えしに由る」『坂本村史』より
日羅についてはこちら↓ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E7%BE%85

 イヴァンカ・トランプの「Ivanka」は「Ivan」の女性形。「Ivan」は聖書のヨハネに由来する名まえ。トランプは切り札だから、ヨハネ+切り札。
 ヨハネの切り札って、黙示録? それともバプテスマ(洗礼)=禊?
 僕的にはどうしても、浦上天主堂のヨハネ像がちらついちゃうんだけどね。
 「11」といえばこんどのサッカー日本代表のユニフォーム、千人針みたいで不吉だしさ。」
 興味のある方は直接サイトを訪問ください。

 その11月3日の11時45分着の新幹線で神人さんが仙台にお越しになりました。3日から5日までの講演会、ライブです。神人さんは昨年の「大日月地神示」の発刊、今年は「一陽来福」を出版されて精力的に言葉の情報を発信してくださっています。果たして如何なお話が聞けるのか楽しみです。昼食を共にしながら近況報告、四方山話を面白くしました。
 

2017年11月11日土曜日

1120「身体5」2017,11,11

「もう一つ、これは最近の気づきですが、「対立的なマインド」を持つことが身体運用に及ぼす影響について。
「対立」の究極のかたちは何でしょう。私は核戦略における「相互破壊確証」がそうではないかと思います。(略)
 つまり対立的であることの極限のかたちは「見分けがたく相似することによって身動きならなくなる」ことなのです。
 これは「対立」という語の因習的な理解とは違います。私たちは対立ということを「相違点が増えること」だとふつうは考えています。でも、違うのです。対立が激化すのは「相似点が多すぎる」からなのです。だから、ある程度以上対立的になると、相互に似すぎて身動きならなくなる。自分がこう出ると、相手がどう対応するかが予測可能になるからです。」

「対立は過度の相似をもたらし、心身の硬直をもたらします。これはいずれも生物に生きる力を弱めます。心身の不自由が生きる力を減殺することは誰でもわかりますが、過度の相似が有害であることはふだんあまり意識されることがありません。でも、考えればすぐにわかります。「自分にそっくりの存在」が他にいるということは自分の存在価値をその分だけ逓減させるからです。(略)
 自分と同じ様に考え、同じ様にふるまい、同じ様なことを話す人間の数が多ければ多いほど、私たちの唯一無二性が損なわれる。それはそのまま私の存在価値を損なうことに通じます。私の「替え」が他にいるわけですから。」
「対立は必ず相似の過剰をもたらします。そしてそれは、二人がまったく見分けがたく似たときに対立は破局的なものになる。それは「同じのが二人いるのなら、一人いなくなっても誰も困らない」という自明の真理が両者に同時に開示されるからです。(略)
 それが対立が極限に達したときの両者の心に同時に去来する恐るべき明察です。対立は身体に悪いというのは、そういう意味です。
 対立的に心身を用いてはならない。私は師症からそう繰り返し教わりました。心身は同化的に使わなければならない。さて、「同化的」とはどういうことなのでしょう。
 理屈から言えば、それは対立する二人が見分けがたく相似してくるのと逆のプロセスをたどるはずです。でも「同化的な心身の使い方」がどういうものであるか、それを言葉にすることは私の今の術技の段階ではまだできません。ただ、「対立が相似と硬直」をもたらすならば、「同化は差異化と自由」をもたらすはずだということだけはわかります。
 どれほど相手に近づこうとしても、どれほど相手に似せようとしても、どれほど両者の一致点を求めても、それでもまだ絶望的な懸隔が二人の間にあって、完全な理解も共感も成立しない。たぶん、それが同化的な心身の用い方が私たちのうちにもたらす実感なのだろうと思います。
 そのような孤絶感を持つことに何の積極的意味があるのと戸惑う方もいるかも知れません。でも、この「おのれの唯一無二性の実感」はさきほどの「匿名の発信者」が自分に呪いをかけていたこととは逆に機能します。それは「私がいなくなれば、この世界には、私のように考え、私のように感じ、私のように語り、私のように行動する人間はひとりもいなくなる」という自覚をもたらすからです。そこから導かれる実践的結論はただひとつです。「だから、私は生きねばならない」
 生き延びられる限り、生き延びよ。それが同化的に心身を用いようとする者に到来する抗しがたいメッセージではないのか。私はそんなふうに考えています。」

 そして最後に以下の様に述べています。
「ただひとつだけ本書の内容と繋がるアイディアを申し上げれば、本書で私がお会いした全ての「達人」たちは、それぞれがある時点で「生きよ」という明確なメッセージを受けとった方たちだということです。それが誰から、どこから到来したメッセージなのか、それはお一人ずつ違っていると思います。でも、この方たちが卓越した「プロフェッショナル」の境位に達し得たのは、そのメッセージをまっすぐ受け止めて、「余人を以っては果たし得ない責務」をわが身に感じたからだと思います。」

2017年11月10日金曜日

1119「身体4」2017,11,10

「自然力を有用なものに変換するというアイディアはもちろん世界のどこにもある。だが、欧米ではこの技術は機械ベースの「テクノロジー」の洗練に向かった。それに対して、日本列島住民は生身の身体を「力の良導体」として整えるという技法の洗練に向かった。それが可能であったのは、先ほどから述べている通り、日本列島の自然環境が人間にとって宥和的・贈与的なものとして伝統的に観取せられてきたことの結果である。
 現在のスポーツとして行なわれる武芸はもうそのような「自然力の良導体となる整えられた身体」の錬精ということを優先的な目的としては掲げていない。ウエイトトレーニングで筋肉を局所的に強化したり、サブリメントを服用したりというのは「身体という自然」を人知によって馴致させ、強化させようとするヨーロッパ的な身体観から出てきた発想であって、日本の伝統的な「身体を整える修業」の発想とはずいぶん異質なものである。」

 そして最後にまとめとして次の様に記しています。
「「大地の霊」との交感。もし「日本の身体」を一言に要約するならば、私はこの言葉を選びたいと思う。と」

 その後、2年を経過して文庫版を出されたのですが、改めて文庫版のためのあとがきを記しています。2年間の思索の変遷を読み取れます。
「身体運用は決定的に文化的なものであり、すみずみまで意味に満たされているというのが私の身体論の基本テーゼです。
 具体的な話をします。道場で稽古をしていると「身体が硬い人は精神も硬い」ということがよくわかります。その逆(「身体が柔らかい人は精神も柔らかい」)は必ずしも真ではありませんが、身体的なこわばりと精神的なこわばりは高い相関を示します。それが際立つのは(まことにお気の毒なことですが)中高年男性たちです。とりわけ、社会的地位の高い方たちです。
 彼らに共通するのは「視覚優位」と「手優位」です。「目で見えるものにしか関心を示さない」、「何でも手で操作しようとする」とも言い換えられます。これは「トップダウン」の指揮系統になじんだ人間に際立つ身体的傾向であると申し上げて宜しいでしょう。
 「ほう・れん・そう」とうるさく部下に命じるようなタイプにとくに際立つ特徴なのかもしれません。組織内で起きているすべての出来事を可視化することを要求する。自分の手が届く範囲ですべての問題を処理しようとする。そういう気持ちもわからないでもありません。でも残念ながら、それではほんとうにリスキーな事態には対応出来ません。危険は必ずしも「目に見えるかたち」をするわけではありませんし、「手の届く範囲」にのみ出来するわけでもありません。ほとんどの場合、そうではありません。ですから、武道的な身体運用では、危機に対処するためには使える身体資源のすべてを動員することが求められます。
 五感のうちとりわけ重要なのは「皮膚感覚」です。「ぞっとする」とか「肌に粟を生じる」とか「ざわざわする」といった慣用語の存在が示す通り、危険の接近にもっとも鋭く反応するのは皮膚です。危険の切迫を感知して、安全な動線を探ってそれを回避するくらいのことは単細胞生物でもやっています。ゾウリムシにできることが人間にできないはずがない。
 でも皮膚感覚を鋭敏にして危機の切迫を予知し、危険を回避できる動線を直感する能力の開発に「視覚」と「手」にこだわる方々は意欲的ではありません。」

「トップダウンが身になじんだ人は現場に権限委譲することを嫌う傾向があります。(略)
 現場でどんどん自由裁量してよいということを道場では教えています。そのためには彼ら、彼女らに深く内面化している組織文化をいったん解除しなければなりません。あなたがたの社会観そのものを解除しないと、なかなか合気道うまくならにですよと教えなければならない。でもさいわいなことにその逆も成り立ちます。つまり、術技が上達すると社会観もそれにつれて変わってゆく。(略)
 それまで摂取されなかった微細なシグナルが感知できるようになる。緊急事態の対応は現場に任せてしまった方が上意下達より効率的であることが経験的にわかってくる。学術的な意味で「心身相関」を論じる場合には、真理が身体に症状化するケースがほとんどで、身体操作を変えると当人の世界観が変わるというようなケースはあまり語られません。」


2017年11月9日木曜日

1118「身体3」2017,11,9

「たしかに、そのようにことを進めれば、あと半世紀ほどで日本の自然はその「負けしろ」をすべて吐き出し、列島住民は賃金労働者としておのれの労働力を企業に売る以外に生きる術がなくなるだろう。規格化された労働者と規格化された消費者たちがあふれ返るように都市にひしめき、大都市圏を一歩離れるとそこには住むところも、働く仕事もない経済的荒野が拡がる。それが私たちが向かっている日本の未来の暗澹たる光景である。」

「自然破壊を停止させるためには、経済合理性とは別のロジックを立てなければならない。そして、ダイアモンドが「単純な言葉」として退けたもの以外に私たちが取り敢えず足場に使えるものはない。「日本人らしい自然への愛」、それがかなりの程度まで集団的な幻想に過ぎないことは私は知っている。だが、それでも、国民感情を動員して、自然を守り、伝統文化をも守るためには、この「単純な言葉」にそれなりの実質を賦与するしかないと私には思われる。私が「日本人は個有の身体文化を有しており、それは自然への深い親しみの感情によって彩られている」という仮説にこだわるのは、私たちの手元に使える武器がもうこれしか残っていないからである。」

 この後、鈴木大拙の「日本的霊性」を引用して論を進めていきます。
「そして鎌倉時代に至り、自然と直接向き合って生きる人間たちが登場して、霊的嬰児や柔弱な貴族に取って代わって精神生活の主人公になった時に、日本的霊性はついに発動する。
「人間は大地において自然と人間との交錯を経験する。人間はその力を大地に加えて農作物の収穫に努める。大地は人間の力に応じてこれを助ける。人間の力に誠がなければ大地は協力せぬ。誠が深ければ深いだけ、大地はこれを助ける。(・・)大地はいつわらぬ、欺かぬ、またごまかされぬ。人間の心を正直に映しかえす鏡の人面を照らすが如くである。大地はまた急がぬ。春の次でなければ夏の来ぬことを知っている。蒔いた種子は、その時節が来ないと芽を出さぬ、葉を出さぬ、枝を張らぬ、花を咲かせぬ、従って実を結ばぬ。秩序を乱すことは大地のせぬところである。それで人間は、そこから物に序あることを学ぶ、辛抱すべきことを教えられる。大地は、人間にとりて大教育者である、大訓練師である。」(日本的霊性、44頁)
 「足が大地に着いていて」はじめて人は霊性の湧出を経験する。それが大拙の仮説である。「それゆえ宗教は、親しく大地の上に起臥する人間ーー即ち農民の中から出るときに、最も真実性を持つ」(同書45ページ)
 鎌倉武士が平安貴族に代わって支配者になった理由を大拙は歴史家にあえて抗って「武家に武力という物理的・勢力的なものがあったためでない」と言い切る。「彼らの脚こんが、深く地中に食い込んでいたからである。歴史家は、これを経済力と物質力(または腕力)と言うかも知れぬ。しかし自分は、大地の霊と言う。」(同書49頁)
 大拙の「脚こんと大地」という表現は私が先に書いた「すり足歩行」の消息に通じている。これは都市住民であった大宮人たちがついに経験したことのない自然との「交錯」だったはずである。その時に「大地の霊」から贈与される圧倒的な力を人々は感知した。
 なぜ長々と大拙を引いたかというと、私たちが現在「日本の伝統的な身体文化」と呼んでいるものは、その核心的な部分は鎌倉期発祥のもののように私には思われるからである。武道がそうである。能楽がそうである。禅と念仏がそうである。いずれも人知を超えた圧倒的な自然力・超越的な力を身体を通じて発動させる。身体を「大地の霊」に供物として捧げる。その任に堪えるものへと身体を整えること、それが「修行」である。
 武道とは「人間のスケールを越えた自然力・野生の力を、整えられた身体を通じて制御する技法」のことである。もちろん、自然力を爆発的に発動させる技法は古代から存在したに違いない。だが、中世前期にその技術は専門特化した。」

2017年11月8日水曜日

1117「身体2」2017,11,8

 「歩く」というのは人間にとってもっとも基本的な身体運用であるが、この基本的動作も実は社会集団ごとに違う。」
「歩き方というのは、「人は地面とどのような関係を取り結ぶのか」という課題に対する1つの解である。そして、それには多分「正解」がない。
 私たちは四足歩行の「はいはい」から直立歩行に移行する過程で、傍らにいる大人の歩き方を模倣する。そして、周囲の成人たちの歩き方を「標準的なもの」として身に刷り込んでゆく。周囲の「大人」がどんな歩き方をしていても、子供はそれを真似る。インドで発見された「狼少年」たちについての事例報告は(どこまで信憑性があるものか、定かでないが)どれも彼らが発見時には四足歩行をしていたと伝えている。子供は本能的に直立歩行に行こうするわけでない。周囲の人々の歩き方を模倣するのである。」

「人間が大地から誕生した時」とは、人間が類人猿たちから分岐して人間に成った時、と理解してよいと思う。類人猿たちは本能に従って歩いた。それは四足歩行の時の身体の使い方を残しているということである。類人猿たちは自然で合理的な歩き方をした。解剖学的組成がそのように歩くことを要求する通りの無駄のない歩き方をした。けれども、人間はそれを拒否して、「うまく歩けないもの」であることを選んだ。解剖学的組成が要求する「自然で、合理的な歩き方」を捨てて、不自然に「脚をもつれさせながら歩く」ことを選んだ。運動の不自由さを代償にしても、身体運用の自由を手に入れたのである。
 オイディプス神話は「人間とは何か?」という問いに神話的な仕方で回答している。一言で言うならば、「人間の本質は合理的な生き方よりも、自由な生き方を選ぶ点に存する。単一の正しい生き方よりも、正解のない多様な生き方を選ぶ点に存する。」ということである。
 変な歩き方をするもの、それが人間だ。神話はそう語って、人間の身体運用の自由と多様性を祝福したのである。

 私自身は武道と能楽という日本人に個有の「変な歩き方」を日々稽古している。これらはさしあたり私たち日本人以外のどのような社会集団も採用しなかった得意な身体運用法である。
 私たちの先祖は長い時間をかけてこのような特異な身体運用を作り上げてきた。」

「その第一の理由は日本列島の自然環境である。」
「列島住民の身体運用上の「傾向」はこの地祇のいます大地との慎み深い交流によって決定的な仕方で規定されたものであるまいか。一歩一歩進みながら、そのつど大地との親しみを味わい、恵み深い自然への感謝をつげ、ときおりその祝福を促すような歩き方を、豊穣で手触りの柔らかい自然環境のうちに生ける集団が選考することに不思議はない。」

 この後この自然への捉え方、価値感の変化を指摘して以下の様なことが記されています。
「現代日本人は、政治家も学者もメディアも、日本に誇るべきどのような自然資源もないとことさら言い立て、それゆえ、自由貿易とシステム効率化が喫緊であることを訴えている。彼らは日本がかつて世界史的に見ても例外的な仕方で自然を守った実績については一言も触れない。この「言い落とし」にこそ私は興味をひかれる。
 日本には豊かな自然資源が「まだ」残されている。けれども、そのようなものは「存在しない」という話しになっている。日本の政官財の指導者たちは「日本の自然の豊かさ」についてほとんどまったく言及しない。まれに懐古的に「うさぎ老いしかの山」的な言葉を感傷的に口にする人もいるか、それは「もうそのようなものは決定的に存在しなくなった」ことをダブルチェックするために語られるのであって、この詠嘆が失われた山河をこれからも回復しようという提案に結びつくことはない。
 もう自然は破壊し尽くされている。そういう印象を私たちは抱いている。というより、抱かされている。「帰りなんいざ。田園まさに蕪(あ)れんとす」という感懐を持ちたくても、日本人にはもう「帰るべき田園」など、どこにもない。私たちはそう繰り返し告げられている。だから、都市にとどまるしかないのだ、と。都市で賃労働に身を粉にし、値札のついた商品を市場で買う以外に日本人には生きる選択肢はないのだ、と。日本には何もない。エネルギーもない、自然資源もない、食糧もない、働く人間さえたりない。だから、すべては「金で買う」しかない。あらゆる手立てを尽くして「金を稼ぐ」しか日本が生き延びる方法がないのだ。私たちは朝から晩までそう言われ続けている。新聞にもそう書いてあり、テレビに出てくる評論家たちも口を揃えてそう言う。「金を稼ぐ」ためには、国土がどれほど汚染されても、森林や水源がどれほど枯渇しても、豊かな耕地が無主の荒野に戻っても、伝統的な文化が消失しても、さらには日本語が「土語」のレベルに貶められても、経済の自然過程がそれを要求している以上、受け入れるしかないのだ、と。
 私は個人的にはこれを「日本のシンガポール化」と呼んでいる。」

2017年11月7日火曜日

1116「身体1」2017,11,7

 私は仕事柄、身体にはとても興味があります。更にそこに関わる無形の精神、意識にもですが。個々の人が持つ特質の背景には社会、文化があり、それらは歴史の経過の中で民族、風土で培われます。その中で身体の使い方、立ち居振る舞いも違い、歩き方も違います。
 そこには明らかに遺伝的な違い、身体、骨格的な違いはあり、さらに気候風土、環境がその獲得形質を変えて行き、性別、更に担う仕事の内容が違いの要因としてあります。ある意味での集団、そしてその中の個の特徴、癖ですね。
 どうしたら身体の持つ能力、機能を病むことなく発揮して、今世で果たす目的、テーマを実現して行けるのか。身体、行、意識、その仕組み、法則性を知り、楽しく生きて行きたいと思う日々です。

 そんな中、面白い本に遭遇しました。内田樹氏が書かれた「日本の身体」(新潮文庫)です。とても興味深く読みました。大分前に購入していて少しずつ読み進めましたが、沢山の発見、気づきがあるのです。読み返してみると又深い表現に響きます。
 裏表紙には以下の様に記されてあります。
「能楽と合気道に深く親しむ思想家が日本独自の身体の動かし方(身体運用)の達人と真摯に語り合う~茶道家千宗家や漫画家井上雄彦、文楽人形遣い桐竹勘十郎や女流義太夫鶴澤寛也、元力士松田哲博、マタギ工藤光冶など、達人との対話から日本人に個有の身体技法とその合理的な理由が明らかに!著者の渾身の論考「日本の身体仮説」に加え、新たな気付きを記した文庫あとがきも収録」

 日本のその道の達人12人に内田氏がインタビューした内容を纏めたものです。
「日本人には日本人個有の身体観があり、それに基づく個有の身体技法があるという仮説を検証する為に様々な分野の達人たちにお会いする事になった。」
 そしてこの仮説は基礎つけられたと述べています。
 個々の達人との内容は是非本を求めて読んで見て下さい。それらを踏まえて最後に、「少し長すぎるあとがき」で内田氏の身体観、哲学が語られていますが納得でした。その中から少し紹介します。

「身体運用は集団的な仕方で制度化されている。私たちは個人の自由意志によって身体を動かすことができない。(略)
 しばらく前までは私たちの社会でも性別、年齢、社会的立場などによって「身体の使い方」には細かい取り決めがあったのである。同一社会内部でもそうなのであるから、時代が変わり、土地柄が変われば、身体の使い方は変わって当然である。身体の使い方どころか、身体の成り立ちや機能までも、その人がどのような集団に帰属しているかで、変わってくる。」

「痛みというのは現に損傷されている身体部位「そのもの」が痛むのではない。身体のある部位に異常を感知した脳は、当該箇所にしかるべき対処が早急に必要であるということを告げる「アラーム」を鳴動させる。それが「痛み」である。しかしこのアラームを私たちは自己都合で停止させることができる。
 ライオンに追われて全力で逃れているという状況において、私たちは心臓や肺や脚部の筋肉に激しい痛みを感じる。それは「もう走るのを止めないと、身体に悪い」というアラームがけたたましく鳴動しているということである。けれども、そのシグナルに従って走行を停止すると、私たちはライオンに捕食されてしまう。ライオンに噛み砕かれている時の痛みはまだ実感としては存在しまい。けれども、私たちの脳内において想像的に先取りされている。その先取りされた幻想的な痛みのイメージが現実に感じられている身体的苦痛を圧倒する。解剖学的、生理学的に十分な根拠のある「ただちに走行を停止して、身体を休めなさい」という通告は無視され、「想像的に先取りされた痛み」が全身を領する。 今、ここで現実に感じている身体的苦痛よりも、想像的に先取りされた苦痛の方がよりリアルである場合、現時的な苦痛は後景に退き、その切実さを失う。
 だからもし、「想像的に先取りされた痛み」として、「背教の罪として地獄の劫火にやかれる」想像的苦痛が切迫していた場合、その人の殉教者として火刑台にある時の炎の熱さは、信仰のない人が同じ状況で味わうのとはずいぶん違っているはずなのである。
 人間の身体が経験する生理的現実でさえ、その人が何を信じているか、どのような哲学・宗教的文脈のうちに置かれているかによって変動する。身体というのはこう言って良ければ、すみずみまで「意味」によって編まれているのである。」 

2017年11月6日月曜日

1115「自己調整2」2017,11,6

  私の真向法の仲間に稀有な体験をされた方がいます。私は宮城真向法体操会の会長を30数年務めて奉仕させて頂いていますが、その副会長を長く務め会の運営にサポートしてくださったIさんです。私より15歳以上も先輩ですが、これまで数々の健康法を実践されてきていて、ある意味で健康おたくです。
 彼は真向法の素晴らしさに魅せられ、又、私が主宰する天命塾、仙台テンメイの活動にも参加して下さり、座禅断食会にも15回ほど参加し、種々の学びと実践を継続して20数年が経っていました。生体エネルギー技術にも理解を示し、色々な器具、資材などを導入し家庭で活用してくださっていました。ありがたい、良き理解者です。

 2014年7月28日に宮城真向法体操会が晴れて30周年の祝賀の時を向かえ、東京本部より佐藤良彦会長をお迎えして賑々しく祝賀会を開催しました。その時には、是までの功績に対して副会長のIさんは8段教師でしたが、錬士のお認めを頂けました。名誉な事と、とても喜んでいただけ、是までのご苦労、協力に少しでもお礼をできたかと思っておりました。
 それから1ヶ月も経たない内になんとIさんが事故に遭われました。早朝4時ごろに起床されるのですが、二階の居室から降りる時に階段で転倒したのです。
 結果的に頭蓋骨骨折で救急搬送されICUでいのちを取り止めることが出来ました。しかし暫く意識が回復せず、処置に頭蓋骨を切除して開頭することが必要で、余命も定かでないと医師にその選択を迫られたのですが、奥様はもし回復しないとしてもこのままでお願いします、との決断をされました。
 結果的にICUから出ることが出来て小康状態になり、お見舞いに伺ったのですが、意識もまだ定かでなく寝たきり状態でした。しかし、なぜか私には一命を取り止めた彼はやがて回復するような気がしていました。
 やがて総合病院から自宅近くの病院に転院され、やがてリハビリ専門病院に移り、最終的に昨年、自宅に帰ることが出来ました。それからは通院でリハビリに励んでいます。
会員も継続してくださっていて、2017年1月の真向法の中央修練会にお越しになり驚きの回復に皆さん大喜びでお迎えしました。ありがたき、嬉しきことです。

 10月14日にIさんがかつて開設し指導していた富谷市大清水教室の修練会、段級審査に私がお招き頂き出席して来ました。20名弱の方々の参加で楽しき修練を皆さんと行いました。
 最近の私の体操の指導は、先ず皆さんの今の身体の状態に気づいて頂く事です。身体には重力の負荷が必ずあります。その長年の身体の使い方による癖、アンバランスによる歪みがおきます。それに伴う筋肉のオーバーワーク、疲弊、過緊張を如何に解放してあげて、身体の自己調整作用を機能させるかがポイントです。
 ですから下肢の重要ポイントの関節、足首、膝、腰のバランスを整えて緩めることを実践して体験して頂きます。この方法は私が独自に見出したもので今のところ、他になさそうです。自分の為に始めた手法ですが皆さんにお伝えしてみると事の外、効果があると皆さん喜んで下さっています。
 朝起きて腰が痛くて動けない方がこの手法を実践するようになって劇的に改善したり、痺れた足で難儀していた方が麻痺が軽減してきたり、正座できなかった方が座れるようになったり、・・・。嬉しいお話を聞けてありがたいことです。

 修練会は始めての方、あるいは今問題を抱えている方を中心に、その問題への考え方、改善方法をお伝えします。ほとんどは私が手を触れることなく、自分でして頂く動作です。多くの問題は、重力のアンバランス、患部を含めた身体の生体エネルギーの劣化、不足が原因と思います。ですからその2つへのアプローチで指導します。
 そして最後は、ご自分で自分にかけているマインドコントロールを外すことです。年だからしょうがない。医者に治らないといわれた。体操で治るはずがない。などなど。しかし、身体を使ってその変化を体感すると体が喜び、改善への可能性、期待へのスイッチが入ります。
 素直な方が一番良いようです。その点、男性は頭で考え納得して行動しますので女性が反応は良いようです。
 富谷では2時間の内1時間50分は皆さんで数々の修練を実習し残り10分間で6名の方の審査を行ないました。皆さん良く出来ています。マイペースで日々努力です。


 終了後は豪華な昼食会です。会場に調理室があり、参加メンバーの太公望が石巻市女川で吊り上げた巨大あなご、それに取れたて野菜の天ぷら、新蕎麦の打ち立ての盛蕎麦、漬物、デザート等々皆さんが調理して用意してくださいました。
 この昼食会に合わせてIさんが参加くださったのです。嬉しい再会です。すこぶるお元気で歩行も一人で歩けます。食欲も人並みで、用意された食事を全て平らげて旺盛です。同行した奥様も笑顔で元気に参加出来る程に回復してお喜びです。
 リハビリを始めた当初は介護5の認定だったのが今年は介護1の最低レベルになったとのことです。驚きの回復です。

 色々お話しました。少し物忘れがあるとのことですが元気で普通に会話ができます。既に80歳を過ぎていますが、子供の頃に亡くなった実のお母様の事が良く思い浮かぶと言います。Iさんは誠実に社会貢献をなされ、自分を律して自修を怠らず、縁者を助けて生きてこられました。それらの行為が徳となり、いのちの預金になっていたのだと思います。
 大難が小難で済み、更なるお役目を果たし、この世界で生を頂く流れです。生きて笑顔で居る事が皆さんへの大きなメッセージです。生死を彷徨い、ある体験をされたようです。やがて人生を振り返り、書に纏められる事をお勧めしてお別れしました。
 身近に善き先輩がある事はありがたいことです。これも私の自己調整機能です。

2017年11月5日日曜日

1114「自己調整1」2017,11,5

 今年も残すところ2ヶ月をきりました。月日の過ぎ行くのはあっという間です。しかし、それぞれが今生きている場、環境に生かされていますので受け止め方も各人各様です。
 今朝は朝日が見事で、部屋から見える天空は鮮やかな色模様に輝いていて、遠く太平洋が綺麗に見えます。久しぶりの秋晴れです。

 毎日の生活の中で自分を意識するのは自分の身体のことが多くなります。当然といえば当然ですが、生きている証が朝目覚めて肉体に留まっている己の意識を確認して、五感をはじめ感覚、肉体機能を通して生を実感します。ありがたき瞬間です。
 仕事柄、これまで健康に関することに興味を持ち学んで実践してきていますが、身体の機能、能力を向上させ、維持して行くにはそれ相応の知識と実践が必要です。幸い私は若い頃の不健康から脱出したいとの思いから、健康な身体を目指して努力をし、改善できてきています。テーマは「健康、若返り、天命を果たし、天寿を全うする。」でしょうか。

 私は30歳過ぎに素晴らしい先人に縁することが出来、貴重な学びを頂けました。それは目から鱗の喜びでした。その師から食の大切さ、呼吸法など諸々の行法を教えて頂き、真向法体操にも出逢いました。
 その後、多方面に足を運び、色々な変遷があり、今も継続しているのが真向法体操です。真向法体操は指導する立場になり早や30数年になりましたが、縁者に教え、共に実習する中で自ずと新たに見えて来る世界も多々あります。

 身体はその方の生き方、姿勢がそのままに現われるようです。顔を見てその運勢を言い当てる方も居られますが、そこにはある法則性があるのでしょう。私が30歳半ばの頃に学んだ先生は顔、姿を見て歯のかみ合わせの問題、体にある黒子の位置をも言い当て、今の内臓的な疾患の状態、是までの病歴すらほぼ見抜くのです。当然、性格や性能もです。不思議な世界、その分析、判断能力に驚嘆しました。私も出来るのかと思ったのですが、未だにその境地には程遠いレベルです。
 その師は直ぐに処置をせずに、相手のお話を聞き、今の症状を取り敢えず軽減する手段を教えて、日々の生活の中で自分自身がすべき日課を指導して行きました。
 身体の問題には局所の直接的原因はありますが、人間丸ごと捉えてそのアンバランスな問題点、いのちの継続に必須な要素を見抜き、その改善を促して行きます。
 それは呼吸法であり、瞑想法、身体の異常緊張の解放、悲観的な思いの転換などです。最終的に重力系の諸問題は、顎頭蓋骨、骨格系の改善を行なうのですが、その手段として口腔内の交合の再構築を行ないます。しかし病態によっては反応の閾値が低く、ほんの些細な処置、刺激も大きな変化の引き金になる事がありますので、初期の処置には細心の注意が必要です。
 当時、師は歯の噛み合わせで心臓発作が起きる危険性があると言って、安易な治療を戒めていましたが、可能性は十分にあると今も認識しています。人間は健康な状態であれ、病気の状態であれ、その時のバランス、恒常性を保つ様に機能しています。それが外部刺激で崩された時に咄嗟に自己調整機能が作用して身体の変化を惹起します。それが許容範囲内で収まるか、越えるかは紙一重のところがあります。

 15年程前になりますが、私の友人が人間ドックを受診しました。その検査結果を医師から説明,指導を受けて、成人病、今で言う生活習慣病のリスクが高いので適度な運動を薦められました。本人は若い頃は体育会系で鳴らした名選手の経歴を持つ兵でしたので、昔取った杵柄で、早々に自分で筋トレに取り組む事にしました。
 しかし数日後、自宅でのトレーニング中に心臓発作を起こしてあっけなく亡くなりました。40歳後半のこれから活躍を期待されていた時に残念な事でした。身体がもつバランスを崩す、強烈な引き金を引かれた結果と思います。今思うと、ある意味で短絡的な行為で無知のなせる技です。
 私はいのちの声がその前に発せられていたのではないかと思います。その行為の選択をする時に、もし寿命があり、継続が許されるなら警告のサインがあったのではないかと思います。しかし、感知できず、あるいは警告サインが無かったとしたらその時が終局、寿命だったのでしょう。今にすれは全ては致し方ないことです。しかし彼の生死の中で、改めて学ばせて頂くことが出来ました。
 彼には自分の自己調整機能を越えた大きな存在の調整が為されたのでしょう。

2017年11月4日土曜日

1113「鬼門19」2017,11,4

・O、Tさん
「歌の響きが変わる度に中山さんの傍にいる。それに慣れるまで眠い事などあるが、今回は1回慣れたのが又違う。違う振動に変わっているのを感じる。自分を定めた後はそれを貫こうとしてお任せの状態にしている。
 感じる事もあるが、自分が歌わずに聞いていること。微妙な振動を受けさせてもらうと直感的なもの働くがいつもでない。新しい響きが入って来る感じ。周りと違う感じがある。このまま淡々と、どう変わるか分からない。お任せしている状態で不安も気に掛かることも無い。
 子供、主人にも全て任せている、皆に感謝が涌いてくる、お陰様と。何かあったら対処する。いつもぼんやり、何も考えず過ごしている。振動は聞こえないものを受けていると思っている。これからも続けて行く。」
 
 皆さんのお話が終わり、中山さんからお言葉がありました。
「あわ歌の考え方は今回配布した以前のお言葉の内容3枚に書きつくされている。これからどうなるかは分らない。
 人里であまり歌いたくない感じがしている。これから青森の山の中で3日間歌うが、自然の中だと響きの度合いが人間と違う。地球上の生物が全体と一体で動いている。今日も鳥が来たり、邪魔するわけでなく、虫も喜んでくれたり一緒に成れる様に成らないといけないのでは。
 その方が良いかな。これまでは知ってもらい歌って欲しいとの思いがあったが、これまで何万人にした。これからは自分に立ち返り、やろうと思う。予定に隙間があればやりたい。 
 11月10日に私が受ける立場にあるのでお伝え知らせるが、11月11日にはあまり期待せずに居てください。」

 最後に私が締め括りましたが、中山さんの響きは明らかに変化していて、その響きは全身へ、そして脳の中枢に共鳴共振が継続していて、是までに無い感応を頂きます。この変化を通して各自の意識、覚悟が問われている様に思いました。現世的な事象も激変の様相で、これからの大変化を避けて通れそうにありません。各自がそれぞれ瞬間、瞬間に何を選択し、エネルギーを活性化出来るのか。何も無しという目的意識もなくして任天するにはまだまだ荷物が沢山です。ひとつひとつ手放して身軽に、空っぽにするしかありません。
 今回の様に中山さんと濃厚な時間を共に過ごし、素晴らしい自然のエネルギーを頂き、自然の恵み、想造主から頂いたいのちの原点、極小から極大の時空をひとつにするいのちへの未知の体験、道開きです。これからも楽しく、淡々とやって行きたいものです。

 最後に皆さんと東龍門で美味しい中華の夕食会を楽しみました。全てはお陰様です。お酒藻料理も大満足で20時に解散と成りました。


次回の巡りは12月8~10日の陸奥伊達な旅です。

 皆さんとお別れして中山さんと天命舎で少しお話をしました。その中で私があわ歌会で頂いた以下のお言葉に付いての話題になりました。
「北の海は多くを沈めて参られた。
 皆々それぞれある中で、妙見、毘沙門、離れておるが、その地に故ある事ごとなり。
 しっかり結びて、鎮めて参れば、ひとつとなりゆくなり。」
 
 これへの紐解きのヒントとして以下のお言葉を頂きました。
「下りて参るは、この地と合わせて一つと成りて、是よりを致す。
 その時、遍く皆々へ送る。
 響きを発する北の大きなる地は、8箇所にあり。
 訪ねて結びて、発するを促されませ。」20:17
 
 天地が繋がっている場所。妙見と毘沙門。それらを結んで循環できる場所.。北の大きな地に8箇所。これまでのことはいったん無しにして考えてみて下さい、とも頂きました。
 今回陸奥から鬼門にあたる箇所を巡りました。大波石は大きな開きになった様です。これを受けてのお与えです。果たしてどのように紐解いて行くのか、これは来年の大きな課題です。その前に11月10日、11日からが楽しみです。

2017年11月3日金曜日

1112「鬼門18」2017,11,3

・I、Tさん
「9月に響きが変わってから振動を感じている。距離的なものでなく中山さんの振動を感じながら歌っている。自分が歌ってもその振動を感じて歌っている。歌った後に気持が良い。音が消えた後、ハートが楽しく、1日楽しくそれを味わっている。とても気持が良い。皆と一緒だと音を意識するのでちょっと違う。響き、振動は身体が反応しているがやがて無くなる。」
 中山さん「一緒に成れば振動でなくなる。元成るもの、振動、宇宙と一緒に成って、との願い。あるのか、無いかも分からない。メッセージで言われたがそこも無しだ。無しの世界は分り難いが、そこへ行く前の段階だが、自分の響きで気持が良くなると良い。
 私の身体を通してのサンプルで、これなら大丈夫を伝えているが限りなく変わっているので1ヶ月で凄い事になる。分からなくなる様に、耳で聞くのは無理で、身体全体で受けている状態を目指す。
 11月10日まで1から受け取れる様に、何も無い状態へして欲しい。」
Iさん「自分という考えの切り離しが楽になって来た。ただ歌っている。考えると自分に戻っているが、切り離せないで来ていた。
 中山さん「相手を見ず、考えずに歌って伝える。あなたは考える事をやっている。ずっとやっているのでいい加減分かっている。忘れて、繋がった時に思い出して行く感じだ。」

・S、Hさん
「響きの違いが分っていない。今回は眠かった。是までに無い変化だ。」
 中山さん「寝ている間に受けている。身体で受けている。分っているが、寝ないで居られると自在になれる。寝ると自分でない。」
 Sさん「普段でも寝ているようで寝てない状態にコントロール出来たら良いのか?」
 中山さん「ただ気持ちよく歌えたら良い。皆で歌う時に間違えてはいけない。音を聞いて行くの思いがあるので無しに出来ない。一人で歌うのが良い。」

・K、Yさん
「車の中は中山さんの隣で座っていた。中山さんは身体が熱くて昨日は眠くて、体調も悪かった。中山さんが私と同じ様に感じていると言われ、そこがウイークポイントだ。右の腎臓の辺りでそこを鍛えていく必要があると言われた。私は付いて行くのが精一杯で何も感じられない。ただボーとしていた2日間だった。」
 中山さん「緊張状態を無くし、考えられない状態に1日1回なれば良い。お腹はあわ歌を歌うと有効に働く様になる。お腹の細菌が働いてくれる。歌って腹を整える。
 私は40歳過ぎまで身体が悪かった。緊張し、あくせくし、酒を飲む、悪い事があり、兎に角、仕事をしない事には美味く運べなかった。仕事を止めてあわ歌に変えてどんどん変わった。76歳になって動きまわっているが身体は何でもない。自分に自信を持てないと駄目。 
 外から買って取り入れることを断ち切らないと駄目。人は文明を考え便利なものを作り出すが自分をしっかりしないと駄目。どこかで自信を持てるようにする。それを思いで為せる。するとがらっと変えられる。」

・T、Sさん
「車の中で中山さんから歌が出たが、その内容が自分に取って勝手に分る内容を感じた。 多分自分の存在、意識、生まれた時から持っているもので、何処から来て、何の為にこの意識を持って感じているのか、という自分があって、それが違う形に成るのか、に対して恐怖を持っている。人が怖い。各自の考えが入ることで自他を区別出来ない時があって混乱し、おかしく成った時があった。それをシャットアウトしていく方法を学んだ。でも入って来る。考えるので入るのか、最終的に眺め、閉じている自分だ。
 あわ歌に会った時、泣くしかなかった。それが何から来るのか知りたかった。何故泣いているのか。歌う中で分るのではないか、自分の頭の中で理解しようとした。終わるとそれがどうしたか、自分が何のために表現しようと思って来たのかと。あわ歌で1回だけ気持ちが良い時があった。こんなことがあるのかと、エクスタシーがあった。その後、頭で考え、集中できなかった。
 たまに居なくなって歌っている状態が一番良いが、昔から恐怖感から、少しづつ感じながら、どうしたら気持ち良いか考えている。他の事を考えず、無しで言葉が出て反応すれば良いが、皆と一緒に歌うのがつらい。そこが違うと思っている。
 どういうふうに付いていけば良いのか。自分でやれば良いが、ただただ淡々に、と元に戻った。余計な事を考えずに出来た。それが幸せかと感じている。自分が追求して始まったが、目的、出会いがあってやっている事だと言える。
 一瞬のことだが、事故の瞬間に向こうに行って変わった。その後、違う所から情報を貰っている自分がいて、全く違う事があると知った。11月10日どうなるか分らないが、腹が据わっているので3次元の事はどうでもないという思いがある。何があっても良い。その瞬間まで今やることを目いっぱいしたいと今回も思った。楽しくやってられたら良いと思った。一瞬で変わると思った。」
 中山さん「ただただ今をひたすらする。自分を自分の箱にしておくこと。これが基本。それに気づかれたら次の段階へ一瞬で変わるので、目いっぱいにしたら変えてもらえる。変わるから良い。」

2017年11月2日木曜日

1111「鬼門172017,11,2

 滑津大瀧の見学を終えて全ての陸奥鬼門の巡りは完了です。時間はまだ16時半前ですので仙台に向かい、天命舎で17時半くらいから皆さんとミーテイングを行う事になりました。 
 一服してミーテイングの様子を紹介します。


 最初に中山さんからお話がありました。
「6月で今までの練習が終わって是からが本番だ。その内容が毎日変わる。場所、人、それぞれで響きを変えることを意図している。だから行く先々で違う。ですからかなり久しぶりに聞いた人はビックリしている。
 響きで身体が振動している。慣れている人は良いが、いつも聴いているOさんもいつも違っていて、眠くなり、酒も飲めない様だ。私も同じ様に感じている。
 1日歌っている時は、その時は何とも無いが終わって帰るとしんどく、身体が揺れている。是までは宴会や温泉に入ると直っていたが、今はドッーと倒れる様になり、腑抜け状態で気が抜けてバタット寝る感じだ。
 新しく入った方はしんどいかもしれない。最近の人で普通にしている人もいるが、その出会いの仕組みがどうなっているのか分らないが、良く出来ていると思う。
 この3日間、色んな感じを持たれていると思うので、それを伺いたい。メッセージの最後の2回で言われている事は、私が言われている事なので後で分ると思うが、本当にここから嬉しい世界になる為にも大事な所にきているので、忌憚無くお話をして欲しい。」

 ここから皆さんのお話と中山さんのコメントです。
・G、Mさん
「昨日のメッセージで頂いたこと、前回は漠然としていてその前は具体的だったが、今回は具体的でストンと分った感じがする。どこをどう脱ぎ捨てるか、これからそのことを心に置きながら生活して行きたい。11月10日がどうなるかが楽しみだ。」
 中山さん「11月10日までどうするのか?」
 Gさん「その時々にやることをし、その時の感覚に任せてやるつもりだ。」

・K、Hさん
「中山さんの響きの変化が分らない。はまなすの里のメッセージが出て、どうなのかと思った。引越しして私は埼玉の人の意識が強かった時で、駿河湾が私の担当と思っていたがそれは違う気がした。昨日に、はまなすの丘へ行けて良かった。マンションの裏の空き地であわ歌を響かせて、はまなすを植えようかと思う。」
 中山さん「あわ歌を歌って、どのように無しにしたのかな?集中してやっているか?」
 Kさん「通勤中やお風呂の中で歌っている。集中しようとして出来ている。」
 中山さん「前と今の違いを感じないと言うが?」
 Kさん「良く分らない。」
 中山さん「響きの度合いを皆さんは言っているが、難しいことを言っていない。耳で聞いているが段々身体全体で聞いている様に変わっているはずだ。面倒くさいので変わらないと言っているだけだ。」

・S、Uさん
「全体に響かせたい。それをもっと拡げたいと言う思いでやっている。やって楽しくの思いだったが、今回はなお深く響かせている感じだ。今日の大波石で中山さんの声と一緒に乗れて行った。気持ち良く出来たし、響かせられたられた。
 今年の春で仕事を終えて無しに出来て良かった。これから何が無しに出来るか、全身でいけそうで、響かせて行きたい。」
 中山さん「あんまり考えずやったら良い。一生懸命であわ歌に捕まる人もいるので、そのように成らずに、響きを出すだけでやること、後はお任せで良い。」

2017年11月1日水曜日

1110「鬼門16」2017,11,1

 小湯山・大師岩は高畠町二井宿大師岩にあります。観音岩から10分程、県道奥にあります。正面に綺麗な三角形の山が2つ見えます。道を左に折れて進むと、その部落の道路には入山禁止のロープが張られています。熊の出没があるのでしょう。程なくして正面に端整な小湯山が見えてきます。

 路上に車を止めて小道を進むと広場になっていて前方の山に巨石が見えます。この地の紹介です。
「高畠町役場の北東方、二井宿の小湯山(標高約800メートル)中腹にある。史跡の石神や石仏を代表する景勝の奇岩怪石という。小湯山全山が町の指定する文化財となっている場
中世には修験の山、近世には神仏習合の庶民信仰の山とされてきました。
 凝灰岩の山肌は、長い年月をかけて風化、浸食を受け、代表的な景観である大師岩をはじめ、里見岩、烏帽子岩など、奇岩怪石を形づくっています。
 多くの岩内に478体の石神や石佛が安置され、一体ごとに現世利益を求めた庶民の祈りの心が込められています。の
 キャンプ場から右回りで、烏帽子岩、二見岩、見晴岩から奥の院、高岩、舞茸岩、大師岩、コウモリ岩、里見岩そして五輪岩を回り元へ、約1時間40分。」







 ここも巨石を見上げて響かせる事なく済ませました。しかし中山さんがお一人お言葉を発しました。
「・・・・(意味不明の音)(拍手)
 違えず参られ。この年の11月10日なるなり。(拍手)
 ・・・・(意味不明の音)」

 11月10には大事な日、そこから更なる進みが為されるとの中山さんへの確認だったようです。

 予定の箇所は残す所1ヶ所です。国道113号線を東進して白石方面に向かいます。七ヶ宿町滑津にある滑津(なめつ)大瀧です。
 滑津大瀧は道の駅になっていますので休憩に丁度良いです。 

「高さ約10m、幅約30mの豪快な滝で川幅いっぱいに流れ落ちる水量の豊かなこの滑津大滝は、「二階滝」とも呼ばれ、独特の形で見る人を圧倒します。散策道から眺める滝の轟々という水音と、まるで生き物のような水しぶきは迫力があります。
 滑津大滝までは、国道側の駐車場から歩道が整備されており、階段を降りると、上流に滑津大滝と広い滑床(岩石の河原)で、古くは男滝・女滝と呼ばれていました。滑津大滝の名前の由来となった滑床は、広さ100㎡の凝灰岩でできており、そこに渦巻状にしぶきをあげて落ち込む姿は豪快であります。
 また、隣接する「旬の市七ヶ宿」の駐車場には「滝見台」がつくられており、滝の上から眺めることもできます。紅葉の時期には、ライトアップもあり、寄るに輝く水しぶきや紅葉は季節限定の楽しみです。」



 ここも滝見台から滝を見下ろして終わりです。滝まで遊歩道がありますが難儀ですので無しです。今日のミッションは午前に訪れた大波石がメインでした。以前にこの地を訪れた時の瀧様子を紹介します。その時は大雨の後でかなり水量があり怖いほどの濁流が流れ落ちる滝でした。