2017年10月21日土曜日

1099「鬼門5」2017,10,21

「訪ね渡りて光とまみえたるこの身なり。大きなる宇宙と共にありて、ながき年を過ごし来たるがこの地の仕組み。進み行けば明らかにこの美しき星を失う事と見えたり。多くの宇宙関わりてこの事にあたる。光をこの多くの宇宙よりここに注ぎ、美しき素晴らしき人もとへと戻し、はるかなる旅へといざないたり。
 この身は多くの宇宙の光を受け取りてここに発する事となりたるが、この身未だその力 適応する事あたわず。二十年の間、ただただひたすらあわ歌うたい、この身を光に合わせ行くと同時に、皆々様のものと成さんとするなり。
 皆々様のこれまでのご支援と協力により、 ようようここへとたどり来たり。つたなきこの身の歌なれど、ともに響きて大きなる輝く身へと変わりて参られませ。
 多くの方々この光と成り行けば、はるけき光と交わって輝く美しき地となり、これよりの はるかなる旅へまいる。
 ここにある多くの塵、あくた、皆々様が抱えたる諸々、光と共に無しとなる。その事は皆様方の思いから外れたる形を生むもの崩れ行くなり。
 これよりの新しきは、皆々様の奥深きところに大事にしまわれて持ち来たるをあらわわし行けば、嬉しき美しきとなり行きます。

 美しき皆々様方、そのまことをあらわして下され。持ちておらるるは皆々異なり違いております。そこに差別区別ははたらかぬ。遠慮は無し。ただただ、そのままのご自分をここに。

 大いなるこの地球を深き眠りより覚めて、再び始まる新しきなるなり。大いにはたらきて 変えゆくなり。皆々様には軽き身となりご用意なさりて、光を満たせば、その時に大きなる明日の道があります。

 これまで申したるこの事をしっかりご自分に身につけられ、お一人ずつがこの地にて行ない、はるかなる道開きて下され。ともどもなるがそれぞれなり。すがりて頼る事無しに、 励まし行きて、携えてはたらきはご自分なり。大いなるはこれよりなり。
 あらたへの光と共に、皆々様の扉開きませ。』

 以上です。如何でしたでしょうか。途中休憩を挟み17時まで中山さんがお言葉を発しました。そして翌日朝9時研修開始の時に以下の言葉がありました。
「光りて参る、この地、皆々様方。
 これよりの日々を、それぞれその目の前に現るるを、只々懸命に成しゆく事なり。
 この事、その身を預け、この宇宙を一つと成り行く。その先に在るは、光。」

 まだ3年前の事です。
 さて、時間を2017年10月6日の天命舎のあわ歌会に戻します。

 T,Sさんが拝受して頂いた言葉です。
「刺さりたるを抜き取り、打たれしを流して、さんさんさん ささら ささら
 綺麗に洗いて参りましょう。
 緩やかなるこの道を急がず、淡々、ただただ、是より為さりて参られませ。」

 この言葉にこれからの生き方の極意がありそうです。
 いよいよ私が頂くことになりました。中山さんに背を向けてあわ歌の拝受を頂きました。その響きは今まで感じた事の無い振動です。背中から入り頭の中で共鳴共振が延々と繰り返され、思考停止状態、腑抜の感じです。眠くなり何も無しの状態でいつの間にか拝受が終わった様です。その日から頭の中で微細な振動が続いている感じで頭が機能しない、直ぐ眠くなる、そんな日々が続いていました。


 その時のお言葉です。
「北の海は多くを沈めて参られた。
 皆々それぞれある中で、妙見、毘沙門、離れておるが、その地に故ある事ごとなり。
 しっかり結びて、鎮めて参れば、ひとつとなりゆくなり。」


 明日からの巡りに妙見と毘沙門の所縁の地はありません。これからの課題のようですが、是までにない新たな視点で妙見と毘沙門を「結びて鎮める」のは如何なる事でしょうか。

 あわ歌会を終えて、あわ歌唱和会です。皆さんと一緒に2回あわ歌を響かせました。その後のお言葉です。
「訪ねて下され、この時に。日は高きを目指して、大きく拡げんと成し行きた。
 その身を通して進み行き、大いなる事、よくよく知りて、ささらと成りたるこの地。」
 そして意味不明の数字、絵文字です。
「237~240  ○ 二 W □(高さが低い長方形)」





 全ては明日からの巡りの中で更なるヒントが頂ける事でしょう。唱和会を終えて食事会です。楽しい語らいの中にいよいよ明日へのテンションが高まります。

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