2017年7月31日月曜日

1017「鞍馬・三河19」2017,7,31

 今回、鞍馬・三河の巡りを終え、頂いたお言葉を少し整理してみます。
 先ず鞍馬・下鴨でのお言葉です。
恙無きよう天地に繋ぐ
 迫り来たりたこの日を境に、写し行く響きは、はたれ魔抱きて、うまし身の中より発し行くは、ひとつとなりたる。その揺らぎ、篩いて全てをあらあら変えて新たな地といたす
 進め行くなり。この都が造り上げたる、大きなるを変え行く事。澄みたるこの地の美しきを、皆々知りて、思いを真のはるけきへと返し、新たなる世界を発します。八方へと広げるは、明日より致す。

 天地を繋ぎ、新しき世界を発し、八方に広げるのは明日からの三河です。続いてその三河でのお言葉です。
「道開き、大いなる響きあり。その響きに乗り行きて、参られませ。

 あらゆる全ての思いは、共に一つと成し行きて、引き受けたり。参られよ

 ことほぎ  ことほぎ うれしやな。開きて、参りて、移り行く。ひとつと 成りて、遥かなるへ。
 久しき時を過ごし来て、この地の大きなる気を受けたり。
 ここより発するは、西へ220キロ、東へ333の99キロ、拡がりて、大いなる此処を発信地と成すなり。これよりも繋ぎて参られませ。

 この中で牛川波ノ上稲荷では、驚きの内容が出されましたが、この西へ220キロはほぼ真西ですと兵庫県三木市、少し南下すると阪神淡路大震災の震源地を指します。更に東へ99キロですが駿河湾です。この地を発信地と成すとあります。

 

 次の石巻神社と賀茂神社です
「大賀 泰平、大いなるこれよりの初めをいたす。合いま見え、共々にひとつと成すは、この地の真の思い。これよりの響きを八方へ伝えませ。
 移り来たりたり。この身へ移り来たり。スンダルラ
 只今より、この場の方々へと伝えます。どうぞ八方へ拡げゆかれませ。
 いざや参る。踏み行く道は広きなり。囚われず、拘らず、差別無し。それぞれの身の思いのまま、発して、嬉しきへ。
 立ちて参られ、ハタを超え行き、スサを戻して、遥かなる彼の地を目指すは、これこの時。
 永きに渡りたる、この身を讃えましょう。更なる道は、開きたり。大いに働きてくだされ。

 八方へ拡げること、道は広く、囚われず、拘らず、差別なしで各自の思いのままに発して嬉しきへです。

 そして、本宮山 砥鹿神社奥宮 天の磐座(国見岩)でのお言葉です
生まれ出でくる是よりを、その身は受けて全てを発し、揺らがぬ大きなる地と成され。
 ここより海へと120キロ、離れし所の深き40キロ、どんどんどんと三段になりて、その元なる岩は、移り行く。その時は、海動きて、走りて、この地へ参る。しっかりと立ちて、波を鎮めん。篩いとなる。この事は、新しきを出だす。さんだんむつるは、海動く。

 海へ120キロ深さ40キロは大体、遠州灘、南海トラフのあたりです。そこの変動で大津波がこの山まで押し寄せると言うのでしょうか。篩いとなる、とあります。
 以下は「南海トラフ巨大地震」の公開されている想定図です。
強震断層域(津波断層域の主部断層)
津波地震を検討する領域(津波断層域に追加する領域
中央防災会議(2003)の強震断層域、津波断層域
トラフ軸

 更に乳岩峡・乳岩通天門で以下のお言葉です。 
「瑞宝なり。持ちたる大きなこの地球の宝、此処にあり。
 遥かなるウラルの地へと繋ぎ行く。ソンダルロエ、これより揃いて参ろうぞ。
 地は揺らぎ、海動き、人騒ぐ時、大きな岩こそ動かず守りて、人発する響き鳴り渡りて、荒き波鎮め行く。その時発する響きは、三日三晩を要す。皆々心して、ご用意なさりませ。
 やがて来る来る、この開けたる先に、灯りが燈りて、射し込む光は、限りなき平安なり。」

 この岩は地球の宝とあります。その後、驚きのお言葉です。「その時発する響きは、三日三晩を要す。」と、しかしその先に「灯りが燈りて、射し込む光は、限りなき平安なり」の世界が訪れるとあります。
 そして最後の百間滝では
「さら さら さら と流して行くぞ。思いは出だして、清きとなりませ。」
とさらりと発せられています。

 新しき世へ向かう大きなストーリーが示されているようです。果たして各自のお役目は如何にです。
 響きを八方へ拡げること、そして進む道は広く、囚われず、拘らず、差別なしで各自の思いのままに発して嬉しきへです。
 そして、「人発する響き鳴り渡りて、荒き波鎮め行く。その時発する響きは、三日三晩を要す。皆々心して、ご用意なさりませ。
 やがて来る来る、この開けたる先に、灯りが燈りて、射し込む光は、限りなき平安なり。」
 ただただ平安を願うばかりです。
 今回は、北からの流れを整え、かの地もこの地もひとつと成りて、大きな節目の切り替えの時、かの地を巡る、大きなお役目に同行させて頂きました。新たな道開きの時で、ここでも恒なる、終わりの始まりです。これからも次なるあわ歌の響きが発せられて行きます。私が中山さんと同行する次なる巡りは8月です。如何なることに成るか楽しみです。

2017年7月30日日曜日

1016「鞍馬・三河18」2017,7,30

 昼食は新城市の鳳来寺山(ほうらいじ)の麓にあるお店です。こんにゃくと椎茸のフライと御蕎麦まで付いた定食ですが、しいたけの写真を撮り忘れて食べてしまいました。美味しかったです。

 お店はかつての鳳来寺への表参道に面してありますが、こちらから徒歩で参拝すると階段を1425段登ることに成り、有に1時間は掛かるのです。パークウェイを利用して山頂駐車場へ向かいます。鳳来寺へは駐車場から10分程で東照宮を過ぎ、その先5分歩程で行く事が出来ます。

 鳳来寺山に付いて以下の様に紹介されています。
「標高695m、1,400万年前の火山の名残で流紋岩などでできています。
 鳳来寺山表参道の石段を登り、仁王門を過ぎた辺りで傘杉が見られます。推定樹齢800年、樹高は60m近くにもなり、天に向かって伸びる姿はまさに圧巻です。幹の上方で枝が四方に広がり、傘を差したように見えることから傘杉と呼ばれています。新日本名木百選にも選ばれた傘杉は、品種も貴重であり、姿や品質においても最高級とされています。
石段は1,425段あります。」

 前方に鳳来寺本堂が見え、その奥には鏡岩の巨岩も見えます。程なく東照宮に着きます。この創建の由来は以下の様にあります。
「鳳来山東照宮は、愛知県新城市の鳳来寺山に鎮座する神社である。正式名称は「東照宮」。日光・久能山と並ぶ三大東照宮の1社を称している。
 徳川家康(東照大権現)を主祭神に、「鎮守三社」と称される山王権現、熊野権現、白山権現を合祀している
 慶安元年(1648年)4月、日光東照宮へ参拝した折に改めて『東照社縁起』を読み、徳川家康の出生と三河国設楽郡の鳳来寺との縁に感銘を受けた江戸幕府3代将軍家光が、鳳来寺の本堂修復と薬師堂の再建を発願、それにあわせて新たに東照宮の創祀を計画し、阿部忠秋や太田資宗に命じて造営事業を進めたが、志半ばで薨じたため、跡を継いだ4代将軍家綱が太田資宗や本多利長、小笠原忠知等に命じて慶安4年(1651年)に社殿が竣成、同年9月17日に江戸城内の紅葉山御殿に祭られていた「御宮殿」(厨子)と神体である「御神像」(神像)を遷祀したのが創まりである。」

 東照宮には三つ葉葵の御紋があります。Tさんに葵を正すとありましたが早々に葵に対面です。参拝して更に進むと鳳来寺です。沢山の参拝者です。展望所からの景色は素晴らしいものです。



 鳳来寺に付いては以下の様に紹介されています。
「鳳来寺は、愛知県新城市の鳳来寺山の山頂付近にある真言宗五智教団の寺院。本尊は開山の利修作とされる薬師如来。
 参道の石段の数が1,425段あり、徳川家光によって建てられた仁王門は国の重要文化財である。また、愛知県の県鳥であるコノハズク(仏法僧)の寺としても有名である。
 寺伝では大宝2年(702年)に利修仙人が開山したと伝える。利修は霊木の杉から本尊・薬師如来、日光・月光菩薩、十二神将、四天王を彫刻したとも伝わる。文武天皇の病気平癒祈願を再三命じられて拒みきれず、鳳凰に乗って参内したという伝承があり、鳳来寺という寺名及び山名の由来となっている。利修の17日間の加持祈祷が功を奏したか、天皇は快癒。この功によって伽藍が建立されたという。」





 ここでは参拝のみでお言葉も無く終わりました。その後は豊橋駅に戻り、反省会を1時間程楽しんで帰路に就きました。新幹線も指定席を取っていたのですが、自由席ががらがらでしたので、そちらに移動して皆さんと一緒に座れてラッキーでした。東京駅まで歓談して、楽しき時間はあっという間です。途中、車窓から富士山が綺麗に見ることが出来ましたが、ご褒美でしょうか。






いつもながらの濃厚なあわ歌の巡りを満喫出来ました。有形無形の諸々の方々の御配剤、ご支援、御加護に感謝です。

2017年7月29日土曜日

1015「鞍馬・三河17」2017,7,29

 次の目的地は百間滝です。向かう途中で、JRの踏み切りが下りています。めったに見れない飯田線の特急電車を見ることが出来ました。これまたラッキーです。


 百間滝は中央構造線の上にある滝でそのエネルギーは分杭峠以上といわれるパワースポットです。道路工事で迂回路を進み到着です。駐車場が2台ほどしかなく、ここもラッキーにも奥側の滝への道のところに止めることが出来ました。いざ、滝へ向かいましょう。
以下、滝の紹介です。

「百間滝(ひゃっけんだき)」は風光明媚な愛知県新城市にあり、全長約120m・落差43mの愛知県で最大といわれる滝です。中央構造線上にあり、パワースポットとしても有名で「ゼロ磁場の滝」といわれています。ここで発せられる心と体を癒す「気」のパワーは、長野県の分杭峠を凌駕するとも!
 滝入口の近くには湧水を汲める所があり、山奥にもかかわらず多くの人が訪れます。
「パワースポット」は、日本最大の構造線(大きな断層)である「中央構造線」上に多く存在し、三重県の伊勢神宮や長野県の分杭峠などがよく知られています。
 百間滝のある場所は、まさにその中央構造線の真上!中央構造線に沿って流れる夏明川(下流は大島川)の地質の弱い部分が掘り下げられてできた滝で、滝つぼにははっきりと断層が通っています。
 中央構造線は、日本海側の西南日本内帯と太平洋側の西南日本外帯のいわゆる「接合面」。2つの大きな力の押し合いがある場所です。2つの力が拮抗して動かなくなるため磁場がゼロになる地点を「ゼロ磁場」と呼びます。このゼロ磁場には、体調が良くなるなどの特別な力が働くと信じられてきました。」

 山道を下り川に辿りつき、渓流沿いに進むと滝の上部の岩場に着きました。この百間滝、落差は120mあり、愛知県最大の滝です。途中で曲がっているので、上からは全容を見ることが出来ません。

 エネルギー的に滝壺あたりよりも、この上部岩場(川原)付近がもっとも放射線量が強かったと記されていました。

 滝の中間部にも展望所があり綺麗に滝を観ることが出来ます。更に下に下りて滝つぼの展望所があります。滝はダイナミックに流れ落ち、滝つぼに断層が見えます。黒い岩肌が輝いています。


展望所にはテーブルと椅子があり休憩しながら滝も水しぶき、マイナスイオンの高いエネルギーの全身浴を楽しみました。しっかり充電して活性化出来ました。

 ここではあわ歌無しであ~を皆さんで3回唱えました。その時のお言葉です。

「さら さら さら と流して行くぞ。
 思いは出だして、清きとなりませ。」11:40


 午前の巡りを終えて昼食会場に元気に向かいます。

2017年7月28日金曜日

1014「鞍馬・三河16」2017,7,28

 通天洞の階段を登りきると前方に巨石のアーチが見えます。これが通天門です。驚きの自然の造形です。光が燦燦と降り注いで、歓迎してくれています。その天空へ開いた窓の中には明神山が綺麗に鎮座しています。



 明神山は以下の紹介があります。
「東栄町の南西にそびえる山、明神山は、東栄町の南西部、新城市との境にあり、標高1,016メートルで愛知県の代表的な高峰です。 明神は神をたたえる呼び名の一つで、信仰の山として古くから登られていました。」

 乳岩に付いても以下のように紹介されています。
「乳岩のある乳岩峡一帯は流理構造や自破砕構造を持つ流紋岩からできています。ここでは乳岩洞窟の天井部分に半球状の形になった鍾乳石が見られます。この鍾乳石は炭酸カルシウムが流紋岩の岩体にできた亀裂に沿ってしみ出し、乳房状の形に見えることから「乳岩」の名称がつけられました。」 
「おわん形の洞窟もユニークそのもの。その昔、母乳が出なくなった母親が乳岩に向い、乳飲み子のために乳を授けてほしいと祈願したところ、乳岩から乳が湧き出て、乳飲み子の命を救ったとされる伝説も持ち合わせます。」

 通天門の下で暫し明神山を眺め、心地良い風と光りを浴びて自然のエネルギーを充電しました。ほとんど貸切り状態でしたが、あわ歌を響かせずに中山さんのお言葉を頂きました。

「ずい ずい ずい ずい 瑞宝なり。
 持ちたる大きなこの地球の宝、此処にあり。
 遥かなるウラルの地へと繋ぎ行く。
 ソンダルロエ 
 これより揃いて参ろうぞ。
 地は揺らぎ、海動き、人騒ぐ時、大きな岩こそ動かず守りて、
 人発する響き鳴り渡りて、荒き波鎮め行く。
 その時発する響きは、三日三晩を要す。
 皆々心して、ご用意なさりませ。
 やがて来る来る、この開けたる先に、
 灯りが燈りて、射し込む光は、限りなき平安なり。」9:58

 この地に地球の瑞宝があり、ウラルの地と繋ぐ。そして地は揺らぎ、海動き、人騒ぐ時、大きな岩こそ動かず守りて、人発する響き鳴り渡りて、荒き波鎮め行く。とあります。
 しかしその時に発する響きは三日三晩を要す。とあります。計り知れない大激変が襲うのでしょうか。八方に、各所において皆心して用意が必要です。その先には、灯りが燈りて、射し込む光は、限りなき平安なり。とあります。先ずはその先に行ける様に準備が必要です。

 下りは楽々です。橋の所まで戻り、改めて、昨日のお言葉でこの場所を示されていたOさんが、乳岩山をバックに、目出度く開山の万歳です。

 帰りは余裕です。岩盤を流れる渓流に足を浸し、涼を満喫しました。

無事に駐車場に着きましたが、朝の時よりも車が沢山で駐車できずにユーターンする車が何台もありました。全てにわたって私達はラッキーでした。

2017年7月27日木曜日

1013「鞍馬・三河15」2017,7,27

 朝食も豪華です。全てにおもてなしの心遣いを頂きました。


お風呂も良く、食事も、建物もノスタルジックで新しさ、機能性を加味したお宿でした。その中で一番は渓流の成す自然美です。窓の外には川と緑の木々で癒される温泉地です。何しろほぼ中央構造線のライン上にあるところですから、その発するエネルギーは素晴らしいです。
 

 宿を8時過ぎに出発です。今日も最高の天気に恵まれました。目指すは乳岩峡・乳岩です。宿から国道に出ずに、国道の対岸の宇連川沿いの狭い道を進みました。程なく川の中につり橋が掛かっていてその先に巨石が見えます。立岩(たち岩)です。見事な姿に、車を止めて皆さんで観賞し、写真撮影です。



 乳岩(ちいわ)峡は新城市川合にあります。宇連川の支流の乳岩川の上流にある渓谷で、以下の様に紹介されています。
「乳岩川に沿う約3キロの峡谷を乳岩峡と呼び、その奥に乳岩山がある。
 乳岩峡一帯はおおむね流紋岩質凝灰岩で、河床は平坦な一枚岩のように見え、清流が時に滝となりポットホール(甌穴)をつくり、「さじき岩」と呼ばれる段丘となっている。 両岸はおおむね懸崖をなし、美林が続いている。
 乳岩山の南面に大小いくつかの洞窟があり、中でも最大のものが乳岩で、凝灰岩中に含まれる石灰分が溶け出して天井部に乳房状の鍾乳石を作っており、乳岩の由来とされている。
 山頂近くには、通天橋・極楽門といわれる天然石橋があり見る人を圧倒し、乳岩川によって形成された深さ200から300mのV字谷の渓谷美と奇岩が織りなす絶景は訪れた人々に感動を与えてくれる。」

 狭い道路を進みます。路上駐車が多数あります。駐車場が無いので致し方ないのですが、果たして駐車できるかが問題です。数百メートル進み終点近くのUターンスペースの近くに1台分の空きがあります。ラッキーです。
 1時間半ほどの山歩きですので準備を整えいざ出発です。 明神山への登山道で途中から乳岩の回周コースへ入ります。


 道は渓流沿いにあります。歩き始めて直ぐに渓流は巨岩の上を流れ落ちて行くところがあり、水遊びに格好のところです。ここは帰りの楽しみにして山道を進みます。



程なくして、渓流に鉄製の橋が架かっています。ここから乳岩の全容が見えます。暫し休憩した、その異様な姿を観賞し、撮影して楽しみました。


 暫く山道を進み、乳岩への分岐を左手に曲がり登りが続きます。程なくして東屋があり休憩です。自然の中で素晴らしいエネルギーに満ち満ちていますが、暑くて汗だくです。先はまだまだこれからです。


回遊コースの分岐です。ここを左に進みます。


 山道、そして巨岩が現れ、階段を登って行きます。この階段の感じが、昨日、Oさんに下ろされた絵の様です。中山さんもこの感じだとおっしゃいます。
 どうやら、以下の言葉にあること、この乳岩、通天門を通る事で開山に成るのでしょうか。
「参り来たりたこの時は、
 全てを統りて、全き新たへ参り行く。
 大きな道開く。
 ソンダルロエ
 その身に参り、開山。」