2017年6月4日日曜日

960「祈り旅1」2017,6,4

 青葉の息吹が満ち充ちる仙台のケヤキ並木は今が最高でス。5月20~21日は仙台の開祖、伊達政宗公を祝う青葉祭りが開催されます。素晴らしい好天に恵まれお祭りには最適です。 そんな中、私は仙台駅からはやぶさ1号で青き森の国、青森に向かいました。
 天外伺朗さんのホロトロピック・ネットワーク主催の「東北縄文の聖地を巡る祈りの旅」に参加してきました。昨年仙台で天命塾と共催の講演会で天外さんは「日本列島祈りの旅」と題してお話して下さいました。その時に来年は東北で祈りの旅を行なうので、是非とも参加して下さい、と言われていたのです。この日程は他の用件と重なっていたのですが、東北に住んでいる者として、やはり一緒に巡る事が求められていると思い参加を決めた次第でした。
 この祈りの旅は、昨年は北海道で行なわれていて驚くべき成果、現象が起きていたようです。祈り旅の経緯に付いては天外さんの以下のお話がありますので、先ず紹介します。
 
「日本列島祈りの旅 2016年7月9日 於仙台  抜粋
 今日は日本列島祈りの旅のお話をしますが、ことの始まりからお伝えしたいと思います。
 ビジョンクエストを2012年5月1~3日に岐阜県の洞戸で行いました。そこにはメンバーの船戸先生のところでいろいろお世話になりました。
 ビジョンクエストとはアメリカインディアンの通過儀礼で、山の中で3日間断食をして過ごします。15歳の男児がするもので、結界を作ってします。その時6人でやりました。3日間断食し瞑想をして過ごしました。  
 ビジョンクエストは結界を張ってするのですが、地元の神主さんが大きな石を山の林の中に運んで使って作ってくれました。3日間が終わり、皆さんは明らかに変容を起こしました。
 洞戸でビジョンクエストが成功したのは神主さんのお陰です。その神主さんが今回のビジョンクエストを行ったことで、「洞戸の戸が開いた」、と言いました。そして「戸の名が付くところはアイヌの怨念を封じ込めているところで、そこの怨念が薄らいだ。」と。
 アイヌは日本中にいました。しかし彼らを和人が虐殺したのです。そしてその怨念の封印をしたのです。その方法を空海が教えたようです。この東北の地にはそのような地がいっぱいありました。京都など都を作る時などに結界を張る建築法がありますが、怨念が東北から来るのを防ぐ為のものです。しかし洞戸で神主さんから聞いた時は、その事を気にも留めずに聞き流していました。

 2013年に口羽和尚と会いました。それは中村公隆和尚の神戸の鏑射寺を訪れた時でした。その年にポピの長老が四国の剣山でセレモニーをする予定があったのですが、来れなくなりました。わたしもインディアンの長老なので、代わりに剣山でパイプセレモニーをすることになりました。2014年5月に30人で、剣山山頂で行いました。そこでメッセージ、啓示があり、2016年から祈りを旅を始めることに成ったのでした。
 2015年に口羽和尚のお寺のある出雲へ50人で行ってきました。出雲ではアイヌの後に出雲族が来て治めていて、そこに王国がありました。そこを神武達の天孫族が奪い、多くの出雲の民達を虐殺した歴史があります。
 剣山には北イスラエルの10支族が日本に来て住み付いていました。出雲にはドラヴィダ人がアーリア人に追われて来ていましたが、背が低くて目がパッチリしている人種です。天皇家も何代か出雲族の女を娶っていました。
 日本が興る時、各地で先住民の虐殺があり、その怨念が日本中に残っているのです。戸とは呪術で、スサノウが神富を貶して糞戸(ふんへ)したことが記されています。

 2014年の剣山から2015年には出雲へ行き、今年、2016年、5月28,29,30日の三日間、には北海道に「封印されたアイヌの怨念の鎮魂の旅」に行ってきました。
 口羽和尚、アイヌの長老のアシリ・レラさん達と、300人以上のアイヌが虐殺されたという岩内で儀式をしました。滝があり清浄な小川が流れ、とても美しい景色のところですが、やはり気配はとても重苦しい。昔、日本の僧侶が建ててくれたという小さな祠があり、その前でアシリ・レラさんと口羽和尚と天外伺朗が儀式を行いました。
 終わったらレラさんは泣いておられた。小川を渡ってみんなのもとに行き、「とてもうまくいったよ」と報告したとたんに雲もないのに青空から細かい雨が降ってきました。レラさんは「ああ、喜びの涙だ・・・」 と言いました。
 和人の攻撃を事前に知らせてアイヌを救った和人の鷹匠、越後庄太夫が、見せしめのために生きたまま焼き殺されたという崖の上で儀式をしました。アシリ・レラさんの祈りと口羽和尚の施餓鬼供養の間に、天外伺朗のパイプセレモニーを行いました。アイヌの虐殺に抵抗して殺された日本人の越後庄太夫が浮かばれたようです。(シャクシャインは1669年に起きたアイヌ最大の蜂起と言われる戦いの主導者で娘の夫が越後庄太夫。)
 大勢の人が祈りに来て、太陽の周りに日輪が出来ました。鷹が空を舞う時に死ぬと言われますが、火あぶりにあい、祝詞を唱えて焼かれたそうです。

 私がパイプセレモニーをした時に祝詞の声が聞こえたと何人も言ったですが私には聞こえませんでした。するとアシリ・レラさんがセレモニーを途中で止め、アイヌの毒殺されたシャクシャインが来ていて、口羽和尚の前に座っている、と言ったのです。そしてレラに、「私の祈りの言葉がわからない」、と訴えたようで、レラがシャクシャインにアイヌ語で説明していました。その後、シャクシャインは納得して越後庄太夫の後を追って、浮いて行ったようです。シャクシャインは首が無い姿だったそうです。他の2人も来ていたが和尚の前に座っていたようです。
 目に見えているこの世界の裏側で、私には見えない厳粛なドラマが進行していたようで、 私はただ、パイプを持って祈るだけでした。
 2017年の祈りの旅は東北になります。5月20日から22日ですが、明日のセレモニーはその前哨戦の様にするつもりです。私は、なんちゃって長老なので、こんなことになるとは思っていなかった。
 しかし、この祈りの旅は私が生きているうちには終わらないと思う。これを継承してもらう為に、このワークを語り継ぐための記録を残すことにし、吉岡監督に映画を撮って記録して行くし、もうひとつは、悟東あすかさんに漫画を描いてもらっている。」
 詳しくは以下をご覧下さい。


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