2017年6月25日日曜日

981「癒しと医療3」2017,6,25

 第2部は遠藤園子さんのお話とクリスタルボウルの演奏でした。
「癒しと治癒を促進する音の力」と題して行なわれましたが、案内には以下の様に記されています。
「音は古代から様々な文明で癒しや治療に用いられてきました。ギリシャ時代には音や音楽が心身に及ぼす影響に着目したピタゴラスが「音響医学」として研究しています。
近年、心と身体の相関関係の研究が進展し、人間をエネルギーの総体として観るホリスティックな人間観が広まる中、感情や思考、身体の様々なレベルに働きかけ、回復や治癒を促進する音の力が再び注目を浴びています。
今回の講話では音楽療法の1つであるクリスタルボウルの響きを体験していただきながら、全体性の回復を促進する音の力とそのメカニズムについて、ご一緒に考えてみたいと思います。」

遠藤さんは天命塾とは10年程前から古い関係があり、私の座禅断食会にも何度か参加していました。
養護学校の先生をされていて退職し、自分探し?というか、これまで出来なかったことを体験したいとの思いで退職後海外へ向かいました。イギリスでクリスタルボウルに出会い、彼女の運命が変わった様です。それから数々の努力と精進を重ね、今はその道の第一人者の演奏家として活躍するまでになりました。
お話はその人生の軌跡、多くの出会いについて語られました。最後に演奏を披露して下さいましたが聴衆の皆さんは深くその音の響きに聞き入っておられました。
終わって彼女のCDは完売しましたのでさぞ感動的な世界を満喫されたのでしょう。今年の関西でのホリスティック協会の2000人からの大会でも出演が決まっているようです。嬉しき事です。
遠藤さんには翌日もお会いしての後日談がありますが、それは又後で紹介します。

3部はおのころ心平さんの講演です。
「エネルギー療法と癒し」と題して映像も含めて広範囲なお話をお聞きできました。その要旨は以下の様に記されています。

「人体は物質だけでなく、ココロだけでもなく、心身共に共通して行き来するエネルギーとしての構造と機能を持っています。伝統医療や西洋伝来の各種エネルギー療法が共通して持っている人体のエネルギー観。エネルギー循環として成り立っている人体に対して、癒しとはいったい何なのか?さまざまな事例をもとに癒しの原理のお話をしていきます。

 以下お話を紹介します。
「「袖触れ合うも多生の縁」です。私は淡路島に住んでいます。仕事場を神戸に持っていて、それぞれに1/3位づつ居て、残り1/3は出張しています。
仕事は、MMA、メンタリング・メディスン・アソシエーションで心と体のカウンセリングをしています。医療コーディネートをして、病気に対して如何に対処するのかの戦略を練っていて、それぞれの方の自分に合ったものを探すお手伝いをしています。

医者さんもその仕事は大変です。1100人からの患者さんが来て、16時間くらい働いているのが現状です。ですからお医者さんは病気以外の話しを受け取る時間的余裕が無いのです。そこで私達が、患者力を上げて、各自が持つ自然治癒力を上げることを目指す、そのような患者学を進めているのです。


2017年6月24日土曜日

980「癒しと医療2」2017,6,24

 小ホリスティックから大ホリスティックへ移行させる視点です。仏教の唯識では人間の心を八層と捉えています。五感の次の六識は心の意識で、七識は末那(マナ)識、第八識は阿頼耶(アラヤ)識で人間の根本だとしています。
 その中で五感までは西洋医学が担当していて、形があります。六感からは形が無い世界で、場の理論です。いのちの場に適応した免疫学を唱えた多田富雄先生がいました。

 免疫としては第1に丸山ワクチン、第2はインターフェロン、第3は活性化リンパ、第4は樹状細胞作用、第5は抗癌剤オプシーボで抑制因子を取るものです
 国立癌研でオプシーボをやっているのですが駄目です。ひじょうに場当たり的で副作用が多い。それは悪性黒色腫と肺癌のみに健保適応です。しかし免疫療法をわかっていないので、その副作用で困った人が私の所に治療に来るのです。
 戦略が場を制するのです。活性化リンパ、樹状細胞、抑制因子などの医学は戦術をやっているのです。しかし医療は現場で戦略無しには駄目です。「坂の上の雲」の日本海海戦でロシアのバルティツク艦隊を日本が戦略で破ったのです。

 小ホリスティック医学はマナ識の七識までです。八識の阿頼耶(アラヤ)識にならないと大ホリスティック医学にならないのです。理想と現実は違います。そして現場と理想は違うのです。
 私の病院では150人のスタッフが働く現場ですが、その中の30人が私の考えを支援してくれればOKです。それだけの同志がいれば良いです。
 入院患者の60%は癌で全国区で全国各地から来た方々です。残りの40%は地域ニーズです。病院に勤務を希望して来る看護士もホリスティック医学をしたくて来る人がほとんどです。そして皆、美人だ。ですから私は気負わなくて良いのです。

 大ホリスティック医学はあの世と結び付けることが必要です。この世に生きていて、生死を統合してしまうのです。自分もまだ自信が無いのですが、太極拳の楊明先生は悟った人だった。私は先生と会って酒を飲んだだけです。くだらない事をしゃべっているだけでした。飲みだす前に次に会う日を決めてから飲むのです。そうやって月に2,3回会って飲んでいました。
 楊明先生は「生きるも死ぬもあるがまま」で、医学的介入はしない。「死ぬ場所は帯津先生の所」と言っていました。しかしそう言われて、私はストレスだった。
 やがて先生は病気になり、しかし病名は公表していません。黄疸になり、減黄術だけしました。後は何もしない。そして淡々として死んで行きました。
 あの世で、「うなぎ屋で飲もう」と、言っていました。そして「本当に良い医療を受けさせてもらった。」と感謝の意を述べていました。そのことは、この世からあの世に行く時に、始めて合点が行くことです。

 これからは認知症は大変なことです。その予防をどうするかです。運動、食べもの、心のときめき、日常小まめに動く事などです。それには気功が良いです。心のときめき、には異性の友が沢山いた方が良いです。一緒に食事をして、お別れにハグして分かれる。一線を越えないで楽しき交流をするのです。
 認知症の予防法は癌と同じです。人間丸ごとで認知症に向き合う必要があります。そこにも大ホリスティック医学が必要です。」

2017年6月23日金曜日

979「癒しと医療1」2017,6,23

 6月3日にホリスティック医学協会の仙台講演会が開催されました。今回は仙台にいて時間が空いたので何年かぶりに参加してきました。「ひとを癒すホリスティック医学、見えないものを診るちから」と題して3名の方のお話と演奏が行なわれました。
 開演に少し遅れて参加しましたので途中からですが内容を紹介します。

 最初は日本ホリスティック医学協会名誉会長の帯津良一先生のお話でした。遅刻しましたので途中からです。講演案内に記されている講演の要旨は以下のようです。
「物理化学的方法による“治し”と治癒力を喚起する“癒し”を統合させた上に、治療者と患者の関係性が加わることで、人は治り、癒えていきます。そしてホリスティック医学では、いつか必ず迎える死に向かって、生と死の統合を究極っとしてきました。本来が死後の世界を含めた虚空にまで拡がっているとすると、ようやくホリスティック医学が目指してきた道の本質が見えて来るのです。」
 以下は講演内容です。

「私は都立駒込病院にいて食道癌が専門でやっていましたが、開業する時にスタッフを求める時、集中治療室の看護婦を婦長に、大学の1周り下の後輩を副院長で、更に事務長として銀行員だった竹馬の友にお願いしました。総婦長の候補は3人いたがその内の1人だった。とても支えてくれて、何でも受け入れてくれました。
 漢方の勉強をして、病院に導入しようという時に中国から来たドクターの面倒を、彼女は良く見てくれた。そして癌患者の食事に薬粥を出すことができました。又、ゲルソン療法を導入する時にも婦長が体験にアメリカへ行ってくれました。1週間の体験研修の報告は、「自分の排便が良くなったこと。人間は野菜を飛べる様に出来ていること。ゲルソン療法は塩抜きの野菜食だが、3日目に頭痛になったので持参した塩昆布を食べたら頭痛が消えた。塩は必要だと分かったと。」でした。
 彼女が公務員を辞めて、こちらの病院に来てくれて後悔していないかと思っていました。何しろ公務員で努めると年金を始め色んなメリットがあったのですから。やがて、自分が生前葬をするので参列してくれと言ってきました。それなら私の所に来た事を肯定しているなと思い、安心しました。 
 この道をこのまま進もうと思います。そしてこれまでのホリステック医学から大ホリステック医学を目指して行くつもりです。
 大が付くものには、ヒポクラテスの大ギリシャの表現があります。その他に大航海時代があります。それでは大ホリスティックと小ホリステックとの違いは何かです。

 人間は場の中の存在です。場の中を移動しています。自然界では階層をなしていて、そこには場の階層があります。そのような事は、松本譲二先生、多田富雄先生、清水博東大薬学部教授が言っています。
 内臓が場を作り、細かくは細胞、元素、素粒子、・・で出来ています。それはさらに人間を取り巻く、家庭、職場、会社、学校、地域、社会、国家、地球、宇宙・・と内外に場をなしている原理があります。上の階層は下の階層を持ち合わせていて、上はもっと持っています。人間の病気を捉えるには臓器では足りないのです。ホリスティックでないと駄目です。

 これまでは人間のホリスティック医学をやって来ましたが、細胞、元素、素粒子からしないと駄目です。全体像は、部分の総和で捉えられないと、全体として見ないとならないのです。しかし全体論の陥り易いものは、人間の全体とは、人間としての階層は現象だけでなく、更には関係性の無限の橋渡しとして捉えないと駄目だ、という事です。

2017年6月22日木曜日

978「神仕組6」2017,6,22

 縄文VS弥生の2極の捉え方の構図から、赤・平氏VS白・源氏の2極が、そもそもの根底の縄文を蓋をしてそのうえでやっていると捉える構図に変わります。
 赤・平氏は薩長、自民党清和会。 白・源氏は自民経世会、他の野党です。それらが縄文の上でやっているのです。
 縄文は「サイレントマジョリティ-」です。縄文の我々と関係ないところでやられています。それがひっくり返えるのです。レディーマンは救世主です。
 肉の目では見えないことです。余程勉強しないと覚醒しないのです。「サイレントマジョリティ-」はとてつもなく大きい縄文の世界です。



 選挙で50%以下の投票率は国民は認めていないものです。その中の多数が権力を持つ「ノイジィーマイノリティー」で、声が大きい少数が支配しているのが現状です。それが平氏、薩長、安倍一派です。
 アナグラムで「サイレントマジョリティー」をしてみると以下の様になります。
 SAILENTO MAJORITII → 
 JOMON SEARLIITT → SEARLIT
 縄文瀬織津になるのです。「サイレントマジョリティ-」を略して「サイマジョ」は自由の女神、瀬織津姫のことだったのです。
 欅坂46の歌に「サイレントマジョリティー」があり、これも略して「サイマジョ」とよばれていますが、「サイマジョ」は「サイレンの魔女」のことです。この曲を作った秋本康さんと幻冬舎の社長が安倍さんと会食していますが、秋本さんは何か知っているかもしれません。


 アンゴルモアのアナグラムです。
 ANGORMOA → UGANORM AGARUTA UGAALTA
 標準化させる宇賀神、巨大なアラハバキがやって来る。ウガアルタ、宇賀神、黄金のウンチ、トグロを撒いたウンチが富です。それは地下帝国で3次元に受肉化されていない富の総量のことを言うのです。
※(アンゴルモアは、ノストラダムスの『予言集』百詩篇第10巻72番に登場する言葉である。この詩を直訳した場合、その2行目と3行目は、「『恐怖の大王』が『アンゴルモアの大王』を蘇らせに天から来るだろう」と読めるので、20世紀後半によく見られた恐怖の大王と破局的事態を結びつける解釈においては、アンゴルモアの大王もそれに関連する者と位置づけられることがあり、また時には両者が混同されることもあった。)
 アナグラムをしてみると、鏡の前の理念、原型を探ることが出来ます。これがないと人間的器と人間性が解けません。その宇賀神を知らないと解けないのです。
 私の名前のアナグラムはもう無いと思っていましたが今回新しいものを見つけました。是までを順に①から③でした新しいのが見つかったのです。
SAWANO TAIJU
JATAI WO NASU 蛇体を成す
SUWA NO JATAI 諏訪の蛇体
SANIWA JATOU  審神の蛇頭

 沢野の沢は漢字のままで分解すると 三と尺です。これで組むと
 三尺 J NO UT    みしゃくじの歌
 歌とは相手に本音を話すこと、の意味があります。メッセージで封印された「みしゃくじ」が現われて本音を伝えること、と読めます。「みしゃぐち」様は諏訪の御神体の大蛇の神様のことです。凄いアナグラムが出来ました。



 この地球に山や木は存在しない、と言う動画がユーチューブにあります。これは驚きの内容ですが、見て納得でした。この地球には巨大な木が栄えていたが何者かによって石化された、という内容です。エアーズロックも切り株で、アバターの世界は本物です。ケープタウンは直径3キロ、高さ60キロの木だ。最大の木は南極大陸だ,というものです。
 諏訪湖は中央構造線とフォッサマグナが交わるところです。ここは日本龍体列島の中心で、湖は樹木を抜かれて、穴に水が貯まったのです。超パワースポットですが、諏訪大社で封印しているのです。「みしゃぐち」様を封印しているのです。御神木で御神木を封印している。その木が倒されて八ヶ岳に成っているので、そこに人が集まって来ているのです。森は木でなく、雑草、カビのレベルなのです。
 これによって既存の科学、常識が吹き飛ぶのです。私たちの住む地球は一体何なのかになるのです。これこそが知的アラハバキです。何故、巨樹を伐採し石化する必要があったのか。その存在を隠し、封印したかった、つまりは超古代の超絶縄文世界の封印です。

2017年6月21日水曜日

977「神仕組5」2017,6,21

 平成はもう直ぐに終わります。平成の元号に暗号があります。この間に悲願を果たしたい。平成は兵成です。歴史を知ると覚醒します。平成、兵成は兵士が成る、です。完成することです。兵士がクーデターを完成させるのが平成の時と言う意味です。だから共謀罪などが見えるのです。

 多次元的に見ると平成の字の中に干(かん)戈(か)が入っています。干は楯、戈は鉾のことです。楯と鉾で殺し合いをすることがある。武器で戦争をするという意味です。それを平氏が成し遂げる。邪魔者を殺戮し、平氏だけの平和の時代が来る、ということです。
サブリミナルで日本が戦争へ行くという意味があります。クライマックスは大戦争を意味している。オリンピックに復興が込められているのですが、その前に更に重大な事が込められているのです。日本はこんな形で世界中が干戈に交わることになるのです。

 干戈が多次元の潜在の逆三角形、三次元、顕在の三角形が平成で、2つの三角形の頂点を接する点が鏡、ミラーでプリズム、触媒です。36、かが3つ、蛇の目です。フリーメーソンの目は陰謀の目ではないのです。
 多次元的に干戈ですが、肉眼では見えなません。3次元の知識、社会の根本構造を身に付けることが必要です。その99があれば見えるのです。これを押さえれば見えるレベルに達すると思います。
 表向きは平和になるが、干戈になる。戦力で平和を獲得する時代です。世の中にテロがありますが、元々は日本の神風特攻隊から始まったのです。最低のルールがあるですが日本はカルト的に命掛けで突っ込んできた。その狂心的な日本のメンタリティーに日本会議は持って行こうとしているのです。


 IS、イスラム国を作ったのは日本赤軍の重信房子です。彼女が作ったヒーローですが、米国、日本から見るとテロリストです。重信さんが逮捕された時に、手錠されてガッツポーズをしていました。それからテロが世界中に広まったのです。
 満州国は戦後、北朝鮮になり、日本が困った時にミサイルを撃ってくれています。そうして安倍首相を助けてくれています。北朝鮮は安倍さんのお祖父さんの岸元首相が作った国です。そこで日本製のミサイルを北朝鮮が撃っているのです。日本を支配している百済と平氏は同類で、そこから全世界に広がっている関東軍一派です。

 多次元と三次元のバランスを取る事。そして言動を一致させることをアラハバキ状態と言います。その逆の頭の多次元と行動がずれることを近づけて一致させる事をアラハバキと言い、それを助ける事を救世主と言います。


 原子核から宇宙までメビウスになって、1回ひねりされています。どこに意識を向けるかで見えるものが違います。全ては相似形で救世主としてメサイヤ、メシア、カイビア、レディマーが働きます。
 かつて持っていたものを何者かに奪われたものを取り戻し、原状にするのです。不当な利益を元に戻す。そしてバランスを取る。上のものを取り去り、封印を開くのです。頭だけ突出した人、行動だけ突出している人、等を均衡させること。それが人、市町村、国レベルで起きるのです。

 日本が雛型ですが、日本がどれだけ日本語、言霊が分り、言霊パワーを操れるかです。日本人がその雛形で、その役割が重要です。日本が雛型だという、その由縁を押さえないと霊的な覚醒を得られないのです。単なる日本人の礼賛だけでは駄目です。

2017年6月20日火曜日

976「神仕組4」2017,6,20

 大化の改新は656年、乙巳の変の後に起こりました。当時は唐が強く、日本は危機感を抱いていました。時の政治の中心の蘇我氏は新羅の人でした。
 中臣鎌足は百済の出身で後の藤原鎌足です。中大兄皇子は後の天智天皇です。この2人が結託をして蘇我入鹿を殺し、蘇我本家を滅ぼしたのです。それは百済が新羅を壊滅したクーデターだったのです。元々の暴力と殺戮集団が百済です。


 藤原不比等が日本書紀を書き換え、百済が日本の乗っ取っとり、藤原のルーツを隠したのです。そして百済663年の白村江の戦いでは、唐と新羅に対して倭国と百済の戦いになったのです。この戦いに倭国は負けます。
 唐、新羅は源氏の流れで色は白、八幡神、秦氏、北朝です。
 当時の倭国、百済は平氏で。色は赤、南朝です。テロリストの末裔で明治維新でもテロを行ないました。孝明天皇を殺したのです。百済系のクーデターは惨殺です。


 2017年南朝、百済の安倍政権が何をするか分りません。日の丸は白に赤ですが、この旗は奥州日高見国の旗でした。アテルイの舟にこの旗が掲げられていました。東北縄文アテルイの旗を奪い取ったのが大和朝廷で、そこに霊的な意味が隠されています。
 中心は赤で百済、平氏ですが、周囲は白で源氏に囲まれています。それは相互補完関係でやじろべい関係です。
 NHKの紅白歌合戦を何故するのか。年末に源氏と平氏が補完関係でパーティー的にやられているのです。日本の歴史は縄文・弥生、蘇我・物部、源氏・平氏の様に二元的にやられてきていました。

 明治維新とは源氏の徳川、東国から平氏の新政府、西国への革命だったのです。徳川にはフランスが付いていて、新政府にはイギリスが付いました。関が原の戦いの時から東西が分れていたのです。
 そして権力が移って、支配者が変わったのです。江戸時代の260年はユートピアの時代でした。しかし明治維新から70年は戦乱に明け暮れる時代になったのです。この時の支配者は殺戮と暴力の人達だったのです。

 聖徳太子、蘇我氏の存在を消したい、教科書から消したいのが今の政府です。江戸時代は仏教と神社が共存していました。仏教は中国系で、神社は新羅系です。しかし明治政府は神仏分離令、廃仏毀釈をしたのです。仏が邪魔な人達です。そこに国家神道を作って行きました。それは平田篤胤の国学が中心です。明治以降に創作した神、天照神に変えたのです。それまでの土着神を変えたて、主祭神の2、3番目にスサノウや宇賀の神など本当の神が残されたのです。

 陰陽師、修験道を禁止しました。修験の祖の役小角は新羅系でした。素朴な疑問で、江戸時代まで天皇は仏教だったのです。それが明治以降に神道になった。そのことは。天皇の上に支配者が君臨していたと言うことです。
 天皇は京都ではミカド言葉だったのが東京では江戸言葉になりました。そして共通語になったのです。それを誰が支配し、指示したのかです。それは長州です。今もその気持ちがあります。

 今の天皇が言うことを聞かないので変えてしまえ、は日本会議です。天皇は黙って祈っていれば良い。そして自分達の考える国体を優先する。それに逆らうと殺す。それが百済のメンタリティーです。
 天皇が生前退位を言ったに、政府は特別法でやると言う。それに対して天皇ははなはだ不満だと言っています。有識者会議は朝敵です。だから天皇は怒っているのです。個人的意見は普通出さないのですがたまりかねているのです。



2017年6月19日月曜日

975「神仕組3」2017,6,19

 文科省の前川前事務次官のことが週間新潮に出ました。それを菅官房長官が批判しましたが、事の起こりは、吉田大輔高等教育局長が加計学園の獣医学部新設に反対していたのです。そこで官邸が吉田局長を首にしたのです。それで退職した後の就職先を文科省がサポートしました。その事を官邸がリークしたのです。そして文科省の天下り問題としたのです。
 元は加計学園問題だったのです。その責任を取って前川さんが事務次官を退任したのです。全ては官邸と文科省との軋轢だったのです。

 生長の家が八ヶ岳でエコロジー右翼になりました。又、生長の家を抜けた人が日本会議で谷口雅春先生の教えを実現しようとしています。稲田朋美防衛大臣は谷口雅春と顔がそっくりです。日本会議を紐解くのには、日本の歴史を認識する必要があります。

 自分の願望実現をするのに国の基礎事項を知らず、自分の雛形がイメージ出来ずに、願望実現は出来ません。正確に勉強し、説明出来るくらいに体得するとアイデンティティーが出来ます。
 縄文・石器時代から勉強することが本当の精神世界と言えます。日本の本当の姿を隠蔽している巨大な建前を払拭せずに幻想を解けません。でないと理想と現実に誤差が出ます。
 3次元の物質世界や文字を学ぶのが大事です。多次元の理想と一致するには、まず自分の情報量を増やすことが必要だからです。ワークし瞑想するのは精神世界でありません。精神世界は学び磨かれたものに応じたものになるのです。

 桜井よし子氏は満州の児玉機関、瀬島龍三の後継です。彼らはアヘンの製造で莫大な利益を得ていました。M資金は満州資金で戦後の政治はM資金の主導権の取り合いでした。

 日本の歴史、伝統の中でつい最近始まったものがあります。
 桜のことですが、桜の木に本物と偽物があります。公園の桜は明治以降に植えられたクローンで、人工的に作られた「そめいよしの」なのです。桜は一瞬で咲いて、散っていきます。桜は日本の兵を象徴しています。日本は桜が象徴だと言うのは思い込みです。
 本居宣長、平田篤胤の霊の真柱が日本のメンタリティーの中心になったのです。明治以降、戦争に明け暮れる中で桜を象徴としました。それによった生人神の為にいのちを捧げる、個性無きクローン兵士としたのです。
「同期の桜」の歌がありますが、ホモのメンタリティーです。明治以前は女性が中心だったのですが、明治以降は男性中心になりました。それはホモの世界です。山桜が日本の天然の自然の桜で、山の中にポツンと1本咲いているものです。

 おせち料理は戦後にデパートが年末年始に店が閉まっていたので、商売の為にでっち上げたものです。それまでは大量の砂糖が使われるものはありませんでした。野菜サラダは1970年代後半のもの。虫がわく、回虫がいるのでそれまでは食べませんでした。
 初詣は江戸時代には無かったのです。せいぜい自分が歩いていける所だけに詣でました。ですから交通機関が発達してからです。実を言うと成田山新勝寺に京成電鉄が引かれたことから始まったのです。
 学んで真実を知り、自分が信念を持って行くこと。

 ホモは薩摩から始まりました。薩摩藩で郷中(ごちゅう)教育が行なわれていて、美少年の子供しか入れないのです。勉強もするのですが色々なことをさせられた。
 ファラン(花朗)が朝鮮から入って来ました。ホモの結び事の世界です。それからホモでないと出世できない社会、会社になったのです。
 日本の木は松竹梅です。東海道53次の絵に桜は無いのです。



2017年6月18日日曜日

974 「神仕組2」2017,6,18

 盛蕎麦、掛蕎麦でそれが何?ですが。今、森友学園と加計学園が問題になっています。
 森友学園にはゴミが無かった、これがキーワードです。これが分るとシナリオの根底に筋が通ります。籠池さんはゴミが無いという事実が出てきて驚いたのです。籠池さんは純粋で素直な人ですが、運営上問題あったかどうかです。

 その中で日本政府、日本会議、神社神道、神道政治連盟が森友学園を探して出して、白羽の矢が当たったのです。籠池さんも渡りに舟でした。安倍首相夫人の和恵さんを名誉校長とし、国がバックアップすることにしたのです。籠池さんは西日本の人です。
 愛知、和歌山から東を東国と言い、源氏です。そこから西を西国と言い、平氏です。安倍首相は山口県、長州で西日本です。そこで大阪が選ばれたのです。そこを成功モデルにして全国に広めようとしたのですが横槍が入ったのです。

 森友学園は天皇陛下万歳でなく、安倍首相頑張れとした。そして玉座の間を作ったのです。そこは天皇陛下でなく安倍晋三が座るところなのです。しかし完成前に横槍が入った。
 近畿財務局始め、籠池さんはお金に無頓着な人で、利用しようとした人がわらわらと現われたのです。業者からゴミが埋まっていると焚き付けられ、けしかけられたのです。

 籠池さんを焚き付け、入れ智慧し、それで籠池さんは財務局へ行って恫喝したのです。その時に彼はゴミがあると信じていた。でもゴミは無いのです。政治家、財務省はゴミがあるとして8億円値引きした。喜んだのは議員と業者です。ゴミ撤去費用として籠池さんがお金を支払い、彼らは何もしないでそのお金を貰えた。そのお金は山分けする維新と業者に入るのです。
 
 しかし横槍が入り、籠池さんが騙されているのだと気づいたのです。そうしたら業者、政治家が掌を返したようにして、責任を籠池さんにしたのです。彼は詐欺師で補助金を騙し取ろうとした、ということにしたのです。
 菅野保さんは「日本会議の研究」を書いて扶草社から出版しています。籠池さんは日本会議の右翼で、そこを糾弾しようとする菅野さんと話したのです。菅野さんと話して事の経緯、事実を知り、籠池さんは納得したのです。そして自分が騙されていることに気づき、持っている資料を公開したのです。そしたら安倍さんは和恵さんを補佐していた谷さんに責任を取らせたように処理したのです。

 全ては嘘に嘘を重ねたものでした。もう少しで崩れるのですが、メスメディアを首相も止めているのです。政権がピンチになると謎の猟奇殺人や、芸能スキャンダルが出ます。これまでは、政府は知らない、確認出来ないで乗り切ってきていますが、それは子供に悪影響です。

 浅田真央さんの引退が何故あのタイミングで出たのか。そこには忖度が働いたのではないかと思います。将に全自動忖度をやっているのです。
 加計学園問題が出た時には、秋篠宮眞子さんの婚約もリークしました。文科省の全事務次官の前川さんが文章を本物と言って会見した時は、カッツーンの田中さんが大麻で逮捕され、浅草のマンションでは立て籠もり事件が起きました。

 何故、眞子さんの婚約のリークが5月16日に発表されたのか。その日は赤口で大凶の日だったのです。政治利用しようとして悪い日にしたのです。実は宮内庁は今年の夏か秋に発表のつもりだったのです。
 加計学園の27年に行なわれた40周年記念式典に秋篠宮が出席しています。設立に宮が関わっているのです。ですからこれ以上、加計学園の疑惑に向けさせない様にしたのです。加計学園を応援している安倍、南朝、百済、平氏に秋篠宮が関わっているのです。敵対している天皇は北朝、新羅、源氏です。皇太子もバッティングされています。


 安倍首相は長州の人ですが、奥州の安倍氏の末裔と言います。父親の晋太郎がその説を追っていました。しかしそれには異論があります。安倍さんは政治家として東北に人気がないので、自分が東北に所縁があると自称した、と言うのです。だから嘘でないか。
 奥州安倍氏は源氏に滅ぼされ、四国の今治に流されました。奥州安倍説が本当かも知れないし、嘘かもしれないが、その今治で繋がって来るのです。その後、九州福岡の宗像に行き、山口へ行ったのです。

2017年6月17日土曜日

973 「神仕組1」2017,6,17

 5月28日は澤野大樹さんの講演会でした。仙台セミナー第12章で、「救世主と神仕組」と題して濃厚なお話を3時間に亘りお聞きしました。いつもながらの澤野さんの鋭い、オリジナルな視点での読み解きには驚き、感心します。面白くてあっと言う間に3時間が過ぎてしまう感じです。
 何しろ、今の日本を始め世界中は嘘を嘘で塗り固めた世界が暴露され、大変化が確実に進んでいる様相です。私たちはこの時代に遭遇し、パラダイムシフトの激変を目の当たりに出来るのですから凄い事です。しかしその渦中に嵌まっては大変です。
 今回も冷静に多次元から三次元世界をリモートビュューイングする澤野ワールドを紹介します。

「仙台は昨年12月26日以来、5ヶ月ぶりです。時事を見ると、日本国内でありとあらゆるものが出てきています。前回はまだ森友学園の件は世に出ていなかったのですが、私がその時々に話した事が、次々に表に出てきています。
 5月20日に「大樹界」で何のことも無く、話しが紅白歌合戦の演歌のことに成りました。歌謡界で演歌は1960年台後半に出たもので昭和初期には無かったものです。三橋美智也さん以降に出ましたが、それまでは民謡でした。三橋美智也さんの代表作は「カールの歌」ですが、そのお菓子のカールの製造が中止になったのです。話した事が直ぐに現実化するのです。その関係は妄想でなくそうなっていて、カールの歌は30年以上歌っていないのに、その時に歌ったのです。今カールが売り切れで1袋10万円?になっています。
 
 日本国内では、2012年以降のこと、明治以降の大日本帝国のこと、築地豊洲のことなどあります。
 新宿にあった陸軍731部隊の土地を都営住宅にするのに、そこにあった色々なものを豊洲に持ち込んで埋め立てたのです。そこは東京ガスの土壌汚染ではないのです。又、築地はかつて米軍施設があったところで、ガソリンスタンド、クリーニング工場があってそれらで汚染されていて、ベンゼンが出ていますが、豊洲はもっと酷いです。
 
 豊洲とは、神の豊かな島の意味です。それは日本列島そのもので、豊洲は日本の雛型です。2020年の東京オリンピックの時に道路が開通するので移転しろと言うのですが、しかし出来るのは東京オリンピックの後で、今移転しても道路は間に合わないのです。豊洲そのものが汚染されていて、調べればどんどん汚染の状況が出てきます。雛形としての豊洲と同様に、今の日本も同じ状況です。海軍と米軍の施設が築地でした。
 
 2020年の東京オリンピックの開催が出来るのか問われています。2020年オリンピックの前は1960年の東京オリンピックです。第2次世界大戦からの輝かしい復興で、やることが出来ました。苦しい、艱難からの復興の意味もあったのですが、今度は先にお祝いをしますよ、と決まったのです。ということは、これから復興を祝うことがあるのでは無いか、と言うことです。それをどこから推理するかです。
 
 オリンピック関連にケチが付いています。最初のエンブレム問題、次に新国立競技場の設計です。新国立競技場の設計で最初に決まったザハさんが取り止めになり、ザハさんが亡くなったのです。
 その後、隈研吾の設計で決まったのですが、木造建築で、聖火台が無いことが分りました。しかし聖火台を後から火災防火法の関係で作れないのです。
 実は、神宮外苑で木製ジャングルジムの火事が起きて子供が死んだことがありました。その木製ジャングルジムに隈研吾も関係していて、火事が明治神宮外苑で起きたのです。オリンピック問題に次々とケチがついているのです。

 予算はコストパフォーマンスでやり、既存の施設を使用して3000億円でやると言っていました。しかし今は1兆8千億になっていて、最終的に3兆円と言われているのです。
 今は森友、加計学園の事で問題になっていますが、次はオリンピック問題だ、と先週に話したのですが、これから出てくると思います。想像以上のケチが出る。先ずオリンピック誘致で贈収賄がある。そして出来上がる寸前に駄目になると思もいます。半分作りかけて止める。それがアラハバキだなのです。
これからオリンピックに更にケチが付くことになります。全てが嘘に嘘で出来ているのです。

2017年6月16日金曜日

972「祈り旅13」2017,6,16

 キリストの墓では、このバスの旅で私の臨席にいたSさんも仕事の都合で八戸へタクシーで行き東京へ向かいました。彼は南木曽で代々材木を商いする社長さんで、彼の木の評価はすこぶる高く、伊勢神宮、明治神宮、靖国神社等々の名だたる神社に納めていて、全国を股にかけて掛け巡り、その多彩な人脈は驚くほどで、大変な活躍をしています。大きな夢は出雲大社の巨大神殿の建造のようですがバスの中で熱く語るお話は素晴らしいものでした。天外さんからも新月伐採の木のことをお願いしているようです。
 
 バスは七戸町経由で青森に向かいます。私の隣の空席にキリストの墓を発車して直ぐに、待っていましたとばかりに1日目に同室だったKさんが座りお話が始まりました。青森までの2時間あまりは彼との生体エネルギー談義ならぬ質問コーナーになりました。彼にとってもとても良いタイミングで私と逢うことができて、日頃の課題、疑問がかなり見通せるようになった様です。
 22日に新青森駅でお別れして、直ぐの26日には仙台に初めてお越しになり、私の主催する塾ゼミに参加し、翌日は名取農場での生体エネルギー農業勉強会にも参加して下さいました。目から鱗と言って下さり、仙台に来て良かったと言って下さいました。生体エネルギーの活用も決めて取り入れてくださり、6月16日の生体エネルギー勉強会の「日常生活を健康で豊かに過ごす方法を学ぶ会」、翌日の2回目の農業勉強会にも参加するとのことです。私にとっても嬉しきご縁となりました。

 青森市の三内丸山遺跡は是までの東北地方、陸奥への考えを覆す、縄文時代への認識をも変える画期的な発掘でした。ここも私は何度も訪れていますので炎天下の野外散策は止めて館内で映画等を鑑賞して過ごしていました。皆さんがどのように観光されたのか分りませんが、後日、天外さんのコメントに以下の様なことが記されていました。

「旅の最後に「三内丸山遺跡」に行った。純粋な観光のつもりだったが、全部つながっていた。
 5500年前の遺体埋葬の周囲に石が並べてある写真があったが、これはインディアンの「結界」とほぼ同じ。非業の死を遂げた人の怨念を封印したのだろう。
 縄文時代は戦いがなかったという人もいるが、この結界を見ると、かなりどろどろの戦いと残虐な処刑があったように、私には見える。
 結界のことを知らない歴史学者には何もわからないだろう。
. インディアンの「ビジョンクエスト」は、15歳の少年のための通過儀礼だが、山の中に結界を張って寝袋ひとつで三日間断食をする。結界を破って入ってくるのは創造主のお使いだから、ガラガラヘビが入ってきたらかまれて死ね、という教えだ。
 石で結界を張る部族と「プレイヤーズタイ」で結界を張る部族がある。結界はインディアン社会ではおなじみだ。」(「日本列島祈りの旅、青森編」⑥)

「旅の最後に「三内丸山遺跡」に行った。純粋な観光のつもりだったが、いろいろ考えさせられた。
 いままで、日本の縄文文化はアイヌだと思っていたが、どうもそうではないらしい。
「三内丸山遺跡」には、中に焚火のあとがある巨大な集会場がある。これは、カナダから五大湖周辺のインディアンの「ロングハウス」と全く同じだ。と、いうことは、アメリカ建国のベースになった直接民主制が、ここに根付いていたと推定できる。1000人くらいの住民の大半が集まる議会が開かれていただろう。
 また、高床式の巨大な穀物倉庫があるが、これはコメはまだなかったとしても、稗や粟などの穀物を栽培し、ナッツ類を大量に収集し、共同で貯蔵・管理していた証拠だ。北方インディアンは、狩猟採集文化が中心だが、トウモロコシなどの栽培もおこなっていた。
 この両方は、アイヌコタンとはかなり違う。私の結論としては、日本の縄文文化を支えた民族は、アイヌや出雲族とはまた別の、北方インディアンと同じ系統の人たちもいた、ということだ。遺跡を一時間足らず見ただけで、偉そうな結論を述べて恐縮だが、どなたかご意見があれば教えてほしい。」(「日本列島祈りの旅、青森編」⑧)

 新青森で私を含めた新幹線組みは皆さんとお別れです。天外さん始め残りの方々は青森空港へ向かいました。はやぶさで仙台まで帰りましたが、かなり疲れたな、という3日間の祈りの旅でした。今回は浮かばれずに封印されている先住民、アイヌ等の御魂を浄霊、浄化、鎮魂し、天上へ旅立たせる旅です。当然、多くの無形の情報体が動き、その影響は同席したものは免れられません。しかしその経験で、私の情報処理能力も少しは高まったようです。
 天外さんは最後にお話になっていましたが、来年は岩手県を祈りの旅で巡る予定のようです。果たして如何なる場所を巡るのか分りませんが、1参加者で関わる気安さはありがたいです。
 先に紹介した天外さんの以下の言葉に、皆様がこの次元で健康で豊かに生きて行ける世界になることを、次回の祈りの旅に期待したいものです。

「翌日のパイプセレモニーでは、虐殺したサイドへの祈りに多くの時間を割き、とてもうまくいったような気がする。
 おそらく青森はこれから活性化するだろう。
「正義と悪」という古典的な構図で理解しているうちは、本当の供養はできない。
 これからの「祈りの旅」は、少し次元が上がりそうだ。」
(「日本列島祈りの旅、青森編」①)

2017年6月15日木曜日

971「祈り旅12」2017,6,15

 大石神ピラミッド前までバスは入れず、県道から10分程歩きました。ここも何度も訪れていますが年々、整備がなされて多くの観光客が訪れているようです。ほとんどの方が初めてのようです。巨石の組み合わせは明らかに自然の造形とは考え難いものです。皆さんは楽しみながら巨石を巡られました。圧巻は鏡岩の大ステージです。



 この大石神ピラミッドには以下の様な紹介があります。
「このピラミッドが発見されたのは昭和9年。戸来村出身の画家の鳥谷幡山(1876〜1966)が、日本各地にピラミッドを認定していた酒井勝軍(1874〜1940)に大石神を紹介したのがきっかけでした。ピラミッドといっても、山の中に巨大な岩があるだけというだけのものだ。有り体に言えば、巨石信仰とか祭祀遺跡といったジャンルの物件だ。」

「キリストの墓から西に約6キロ離れた山中に、「下大石神ピラミッド」はあります。鳥居をくぐると、そこに倒れた巨石群を見ることが出来ます。こちらには太陽石、方位石、星座石、鏡石と呼ばれる岩があります。
 太陽石は古代において光っており、その反射する岩に古代の人々は礼拝していたとされます。方位石は正確に東西南北を指示し、星座石には古代の星座が刻まれ、鏡石には古代文字が刻まれているとされますが地震で倒れた鏡石は、文字面が下になり読み取ることが出来なくなっていると伝えられています。
 日本のピラミッドはエジプトのように人工的に石をくみ上げるのではなく、自然の山の地形を利用したものが多いと言われます。昭和10年のキリストの墓発見に続き、翌11年に日本のピラミッドとして酒井勝軍により発表されたのがこの場所です。
 巨石の石質はそれぞれ異なっているという指摘があり、その一つは青森県の日本海側にある深浦から出る石質と同じとされ、岩木山麓に住んでいた鬼が戸来まで運んだという伝説が残されています。」

 次は直ぐ近くのキリストの墓です。ここも国道沿いに公園として整備され知名度が上がり、話題性があり多くの観光客が巡る観光スポットになりつつあり、村おこしの柱になっています。1964年から毎年6月の第1日曜日はキリスト祭が開催され賑わっています。



 駐車場から坂道をカーブして登ると正面の丘に十字架が2つ土森の上に向き合ってあります。キリストと弟のイスキリの墓と言われています。その真偽は分りません。以下の様に紹介されています。

「ここは村の旧家坂口家の墓所であり、もとからキリストの伝説があったわけではない。日本のピラミッドを調査していた鳥谷幡山という画家に同行した竹内巨麿という人が「竹内文書」という古文書を元にキリストの墓を探索した結果、昭和10年にこの土饅頭を発見し、これをキリストの墓であると言い出したのが始まりだとされている。わりと新しい伝説なのである。「竹内文書」によれば、十字架に磔になったのはキリストの弟“イスキリ"で、キリスト本人は日本に逃れて、ここで天寿をまっとうしたのだという。」

「墓は二つ存在しています。イエス・キリストはゴルゴダの丘の十字架で死なず、かつて神学を学んだ日本に逃れます。実際に十字架にかかったのは弟のイスキリであり、この地で没したキリストと、イスキリの二つの墓となったのだと伝えられています。」

 なお、2004年には新郷村に、イスラエル東部のエルサレム市の「友好の証」として石碑が寄贈されており、キリストの墓近くに設置されています。この地のユダヤとの繋がりを裏付けるものとして以下のことがあげられています。
・この地域の字「戸来(へらい)」という地名は「ヘブライ」が転訛したもの。
・旧家坂口家の家紋はユダヤの紋章と同じ。(坂口家の家紋は桔梗で五芒星に見える。)
・子供が生まれて初めて戸外に出すときに、額に十字を墨書する。
・足にしびれが切れたとき、人差し指につばを付けて額に十字を3回えがく。
・父親を「アヤ」、母親を「アパ」と呼ぶのは、「アダム」「イブ」の転訛したもの。
・盆踊りの謎の文句「ナキャドヤラー、ナニャドナサレノ、ナニャドヤラー」は古代ヘブライ語で「お前の聖名をほめ讚えん、お前に毛人を掃蕩して、お前の聖名をほめ讚えん」と訳せるのだという。



 天外さんはエルサレムからの石碑に当時のイスラエル大使のエリ・コーエン氏の名を見て、事務局のHさんに連絡を取って話を聞く機会を設定するように指示していました。天外さんは初めて訪れて怪しげな中にイスラエル大使の名を見て響くものがあったのでしょうか。
 キリストの墓(十來塚)に向かって口羽和尚がお経を唱えています。レラさんはイスキリの墓といわれる十代塚に向かい歌を口ずさんでいます。歌声が心に響くひと時でした。


 ここでレラさん達とお別れです。私たちはこれから青森市の三内丸山への観光が続きます。

2017年6月14日水曜日

970「祈り旅11」2017,6,14

 東北自動車道を南下して小坂ITから十和田湖へ向かうルートです。発荷峠から十和田湖の全景が綺麗に見えます。最高の景色で、神秘的な湖が突然現れ、皆さんを感嘆の声を発しました。湖面脇の道路をバスは進み、新緑に映えるエメラルドグリーンの穏やかな湖水は素敵です。

 ハードな行程内容ですが、お陰様で陽がまだあるうちに宿に到着です。昨日の弘前の宿も、今日の宿も前に何度か宿泊したところで、勝手知った所で安心です。
 先ずは温泉に入り1日の癒しを頂きました。天外さんと一緒になり何故か建築の話になりました。今度自宅の新築を考えているようで色々その話になりました。水誘導翻訳装置を設置しようと思っているようで、私が長年、生体エネルギーを活用していることをご存知なのでお尋ねになられました。埋炭の工法などに付いて私の生体エネルギー建築の理論の一端をお話しましたが少しご理解いただいた様で、生体エネルギー建築に興味を示されました。縁ある方にはマイナスのことはしっかりお伝えして善きものを得て欲しいものです。
 
 食事会は賑やかに楽しき中に進みました。祈りの旅の2日間を無事に終えて明日は観光ですから余裕です。私も少しビールを頂き、直ぐに良い加減です。終わり間際に天外さん以下、ゲストの方々のお話がありましたが、私はほろ酔い加減で記憶無しです。2次会のミーテイングは中止で私は早々にお休みです。
 実は、巌鬼山神社で事務局のHさんから十和田湖の事を尋ねられていました。天外さん、Hさん始め半数以上の方々が十和田湖は初めてで、どこか散策できるお勧めは無いかとの事です。お勧めは十和田神社と奥宮の青龍神社、そして乙女の像、開運の小道の湖畔散策ですね、とお話しました。是非とも早朝散策に案内をと依頼され、ガイドをすることになりました。

 翌朝は5時過ぎに起きて朝風呂1番乗りを目指して活動開始です。天外さんもお見えですが、あまりゆっくり出来ません。早朝散策会は6時ホテル出発です。
 集まった40名ほどの方々を案内し先頭を天外さんと話しながら十和田神社に向かいます。湖畔のホテル街はほとんどが閉鎖されていて何とも寂しい姿です。
 十和田神社の鳥居からの杉の参道は素晴らしい朝の霊気で身が引き締まる感じです。神社を参拝して、奥宮、占い場への階段を登ります。登りきると新緑の木々の若葉の間から湖面が見下ろせます。占い場へはロープが張られていて閉鎖されています。




 青龍神社に参拝して、皆さんを最高のエネルギースポットの巨岩が織り成す、ピラミッドに案内しました。気の分る方々ですから大喜びで岩のエネルギーを満喫していました。口羽和尚も参拝し、お祈りをされ、ほら貝を吹き鳴らしておられました。




 十和田神社等の謂れは以下のようです。
「十和田神社は元々は修験の場として青森県では恐山と並ぶ二大霊場として栄えた言われたところです。
 十和田神社は平安時代の807年に、坂上田村麻呂が東夷征伐の際に日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀ったのが創建と言われています。また十和田信仰(水神信仰)の中心として奥ノ院には十和田青龍大権現も祀られています。」
 青龍大権現の由来である十和田湖伝説があります。
「その昔熊野で修業をしていた「南祖坊」という修行僧が十和田湖にやってきました。南祖坊は熊野で権現様から「この草鞋を履いて諸国を修行し、草鞋が切れたところを住処とせよ」と鉄の草鞋を授かりました。そしてその草鞋が切れたところが十和田湖でした。(十和田神社には鉄の草鞋が奉納されています)ところがその十和田湖には秋田のマタギであった八郎太郎が姿を変えた龍が住み着いていました。そして住処をめぐり八郎太郎と南祖坊の間で激しい戦いになりました。戦いは七日七晩にもおよび八郎太郎は八つ頭の龍と変じ、南祖坊は法華経を唱え経文を投げつけました。その結果、南祖坊が勝利し八郎太郎は八郎潟へと逃れることになります。そして勝利した南祖坊は十和田湖へ入寂し龍へと姿を変え「青龍大権現」として祀られることとなりました。」
 ちなみに青龍は湖などの止水、白龍は川の流水を指すらしいです。

 階段を下って湖岸に出て乙女の像とご対面です。

 湖畔には誰も居ない、全てが私たちだけで豊かな満ち足りた気分です。帰りは開運の小道を通り自然の造形の不思議を楽しみました。
 開運の小道には6つの神様が宿っています。激しい火山活動によって溶岩から火山性ガスが吹き出した穴のなごりが祠(ほこら)で、昔、修験者がこの穴にこもり修行したとか?昔からこの穴には神様が宿ると信じられてきました。6つの神々は以下です。
風の神(罪やけがれを吹き払ってくれる)
火の神(防火・かまどの火を守る)
山の神(狩猟の神・田を潤す)
金の神(鉱山とお金)
天ノ岩戸(勝利祈願)
日の神(開運)
 最初は全員揃っていたのですが、かなりバラケてしまい自由に散策し帰路です。宿には7時半過ぎに戻って直ぐに朝食です。
 8時半にホテルを出発して目指すは新郷村にある大石神ピラミッドです。途中の新郷村の道の駅では皆さん買い物を楽しみ、天外さん始め皆さんにソフトクリームが大売れです。


2017年6月13日火曜日

969「祈り旅10」2017,6,13

 口羽和尚の施餓鬼供養も引き続き行なわれています。奥の林から強烈な光が注がれています。祈りに呼応する自然のエネルギーです。


 誰かが空を見上げると一条の白線が描かれてあります。これまたありがたき自然の徴と皆さん声を上げます。



本殿前の参道に天外さん始め、我こそはと思う面々が集い、円をなして、ネイティブの躍りをリーダーの指導の元に始めだしました。舞いスペシャリストのOさんは最後は蛇体をイメージして一体化した流れをと思ったようですが今ひとつで、最後はジャンプで終えました。しかし見ごたえのあるパフォーマンスでした。神、自然、人、天地人一体化の躍動です。光は更に強烈に樹幹を抜けて注がれます。




 今日の1日の祈りはこれで終了です。後は今日の宿の十和田湖のホテルに向かいます。
色々調べていましたら、この巌鬼山神社に付いて、面白い記事を見つけましたので紹介します。
「1989年の夏、青森県弘前市、岩木山北麓にある巌鬼山神社裏手の山で、営林署の職員がミイラ化した人間の右上腕を見つけました。
 腕は肘の部分から指先まで、ほぼ完全な形で残っており、ていねいに埋葬、あるいは保存されたことがうかがわれます。かなり巨大な腕で、腕の大きさからすると、身長は二メートル近くあったのではないかと推定されました。
 巌鬼山神社というのは、十腰内と十面沢の間あたりに位置していまして、十腰内や、その北にある鰺ヶ沢町の湯舟は、昔から鬼伝説が残る地です。
 有名なものに「鬼神太夫伝説」があります。
『昔、鬼神太夫という怪力の刀鍛冶がいた。この鬼神太夫が、桂山の刀鍛冶長者の娘に惚れ込み、長者に、娘を嫁にくれと申し込んだ。
 娘をやりたくない長者は、鬼神太夫に「一晩で十腰(本)の刀を鍛えることができたら娘をやろう」と言った。もちろん、そんなことは到底できないと踏んでのことだ。
 ところが、鬼神太夫は真に受けて、本当に一晩のうちに十本の刀を鍛えてしまった。長者は驚くと同時に困って、そのうち一本を盗み出し、鳴沢川に捨ててしまった。鬼神太夫は九本しかない刀を何度も数え「十腰ない、十腰ない」と呟きながら、恨めしげに去っていった。これが「十腰内」という地名の由来です。』
 鬼神太夫が鍛えた刀の一本は、今も岩木山の巌鬼山神社に祀られているといいます。
 この鬼神太夫伝説などとも半ば無理矢理に結びつけられて、このミイラ化した腕は「鬼の腕」として話題になりました。
 鬼の腕は、津軽大学(弘前大学かな?)の考古学研究室に持ち込まれましたが、しばらくして、これは本物のミイラではなく、巧妙に作られた「偽物」で、誰かの悪戯だろうという結論が出ました。
 偽物であるという「公式発表」後は、いつしかこの話題は忘れられていったんですが、この話、どうにも怪しいですよねぇ。なぜ、それほどまでに凝った「偽物」を作ったのか?
 偽物を作るなら、なぜ、鬼のアイデンティティである角が生えている頭蓋骨ではなく、「腕」などという地味なものにしたのか。
 巌鬼山神社は、鬼族ネットワークの拠点となっているという噂もあります。」

 何とも奇怪な話ですが先に訪れた鬼神社と言い、この地は鬼だらけです。そもそも鬼とは為政者に蔑視され、騙され、利用され、排除された好まざる存在を指します。鬼に付いて以下の様に記されてあります。
「一般に昔の日本の村では、村の一番外側のところに、道祖神・地蔵・あるいは巨石・古木などがあって、そこが一種の結界になっていました。そしてその結界の外側に存在するものは「鬼」として処理されたのです。
 道祖神はその「鬼」の不法侵入を防ぐ働きがあります。これは仲のよい男女神なので、その間を無理矢理通り抜けようとすると、「邪魔するな」とばかりに跳ね返されてしまう訳です。
 この共同体の外のものを「鬼」とみなすという心理構図は、例えば「おむすびころりん」で穴の中に落ちたおむすびを求めて行くと、そこには鬼がいた、などといった話の中にも見ることができます。桃太郎も海を越えて鬼ヶ島に行きました。海はこの世界とあの世界を隔てる結界です。
 そして、この構図は戦時中に敵国に対して「鬼畜米英」という言葉を使ったところにも通じるものです。つまり日本という大きな結界の外にいるものは全て「鬼」だという思想がそこにはあったのでしょう。
 しかし、この「よそもの」は害をなす場合は「鬼」ですが、福をもたらす場合は「稀人(まれびと)」になります。
 つまり「訪れる神」で、日本神話の世界でも、恵比須神・少彦名神・事代主神などがこの「稀人」型の神です。日本にはこういった「稀人」を迎え入れる神事を行っている地方があります。能登半島の「あえのこと」、男鹿半島の「なまはげ」などはそのタイプの祭と考えられます。沖縄方面にも海からやってくる神様を迎えるお祭りをするところがあるようです。」
 鬼とはまつろわぬ存在です。大和朝廷にとってこの地は鬼だらけだったのでしょう。

2017年6月12日月曜日

968「祈り旅9」2017,6,12

 岩木山は独立峰ですが、中央が「岩木山」左に「鳥海山」右側に「厳鬼山」という、3つの峰から成り立っています。中央の岩木山を「阿弥陀如来」、鳥海山を「薬師如来」、そして厳鬼山を「観世音菩薩」に見立てて、三位一体として信仰してきました。
 次の目的地は1つの峰の名を頂く巌鬼山神社です。岩木山の裾の北側、弘前市十腰内猿沢にあります。巌鬼山と書いて「がんきさん」と呼びますが「いわきやま」とも読めます。
ここも何度も訪れていますが素晴らしい気に満ちたエネルギースポットです。大きな鳥居を過ぎると巨大な杉の参道が本殿に真っ直ぐ続きます。
 右手下に龍神池、龍神社が鎮座しています。本殿の右側には御神木の千年杉、2本が聳え立って威厳を発しています。


 現在、岩木山信仰の中心は岩木山神社ですが、元はここ巌鬼山神社でした。ここは、土地の名前から「十腰内(とこしない)観音堂」とよばれ、古くから信仰の対象でした。
縁起によれば、昔、この辺りに悪鬼がおり、退治するために山神に祈ったところ、「「卍」の旗紋を用いよ」というお告げがあり、それを用いたら、たちまち鬼は退散したとか。そのことに感謝して、観音様を安置したお堂が建てられたとされています。
 古くは巌鬼山西方寺観音院十腰内観音堂といい、現在の岩木山神社よりも古い神社で、岩木山神社ははじめここに祀られていました。岩木山は信仰の対象、霊山なので明治まで女人禁制で,山頂にある奥宮へ行けない女性はこちらを参拝したのでしょう。山の神様は例外無く女神なので嫉妬を畏れたのではないでしょう。かつては多都比姫(安寿姫)を祀り、本地仏は十一面観音です。現在の巌鬼山神社の御祭神は大山祇神です。
 詳しい謂れなどは以下です。

「巌鬼山神社の創建は延暦15年(796)、西方寺観音院として開かれたのが始まりと伝えられ、大同2年(807)には坂上田村麻呂が東夷東征の戦勝祈願として社殿を再建しています。
 古くは岩木山山頂の奥宮に対して下居宮の格式があったとされ岩木山信仰の中心的な祭祀が行われていましたが寛治5年(1091)に岩木山神社が勧請されると百澤寺に祭祀が移されました。
 歴代領主に崇敬され文安5年(1446)に火災で社殿が焼失すると寛正4年(1463)長見氏によって再建され、慶長2年(1597)には津軽為信が社殿を修復し、慶長9年(1604)には津軽信建が鰐口を奉納、元禄4年(1692)には火災で焼失した社殿を4代弘前藩主津軽信政により再建しています。
 明治時代初頭に発令された神仏分離令により別当寺院だった巌鬼山西方寺観音院が廃寺となり明治6年(1873)に巌鬼山神社に社号を改称し村社に列しています。
 津軽三十三観音霊場第5番札所(十腰内観音堂・札所本尊:十一面観世音菩薩・御詠歌:参るより 頼みをかけし 十腰内 聞きしに勝る 古き宮立)。
祭神:大山祇神。例祭:8月17日。」
 
 本来は観音院の仏堂であったのが、巡礼が盛んな時代になると、津軽33観音第5番札所に、その後観音堂別当の百沢寺が廃寺となり、明治の廃仏毀釈などを経て、明治6年に現在の「巌鬼山神社」を称するように変遷しています。原点は鬼退治の山神様のお告げで観音様をお祀りしたのですが、時代、為政者の考えが存亡に強く影響しています。

  境内にある大杉(2本)は推定樹齢1000年、樹高40m、幹周10m・8.5m、昭和31年(1956)に青森県指定天然記念物に指定されています。この大杉は他に見られない威容を誇っています。良くぞ生き延びてきたものと思います。明治の廃仏毀釈の時に多くの御神木が切られたのですから。
 奥の大杉には直接触れる事が出来ます。皆さん木に抱き付いてエネルギー、神気を頂いて大喜びです。光も燦燦と降り注いでいます。
 


 既にレラさん達は本殿の左側奥でお祈りをされています。先に来て時間を合わせてアイヌのお祈りを静かになさっていたようです。大方終わりのようです。