2017年5月2日火曜日

927「法華経2」2017,5,2

 後半は立花大敬さんのお話です。いつもながら飄々として、力が抜けていて、しなやかな、穏やかな雰囲気でお話を始められました。
 昨日は福島市での講演会で、そちらでは般若心経のお話だったようです。仙台では法華経のお話です。

「これまで、本心庵の池田光さんが幸せ通信を出版して下さり、10集まで出ています。池田さんのところでは、本の著作料は頂かず、書店に下ろさない事を約束して本を出してきていました。
 今度、角川書店の工藤裕一が本を出してくれることになりました。今までは出版社との関係が嫌だったので関わらなかったのですが、今回出すことにしました。工藤さんは角川書店の編集長で「ビリギャル」の出版で200万部を売った人です。今回の本では、編集、デザイン、イラストも含めて一流の人と仕事を一緒にしました。皆さんはとても情熱を持っている人達でした。いろいろ質問や提案があり、しょっちゅう原稿を直しました。だから売れる本になるものを出せるのだな、と実感しました。
 
 私は人間嫌いで、自分が書いたものをいじって欲しくないのですが、是まで学校の先生をし、管理職もして分かってきたので少し分かってきて出来る様になりました。だからイラストも私のものでなく成瀬瞳さんが書いてくださいましたし、装丁もプロの人で、全体のエネルギーを結集して良いものが出来たように思います。
 工藤さんから、こっそり話して下さいと言われたことがあります。それは、「本を買うなら、紀伊国屋書店で買って欲しい、ここの販売が一番でチェックされるのです。その状況で販売にもエネルギーが入り、宣伝にも力が入りますから。」とのことです。
 お陰様で本は順調に売れています。8月に大払いの話し、法華経の話し、他力念仏の話し、空海の話しの本の出版の予定もあります。聖書も書きたいな、と思っています。皆に共通のものがあるので書きたいと思います。

・法華経は湧喜を与えてくれるお経 
 最初、法華経に抵抗がありました。このお経で折伏(しゃくふく)してということがあったので教団の力を感じたのです。これを商標登録しようとしたのですが却下されましたね。
 日本では法華経に聖徳太子が一番最初に興味を示しました。法華経にある、大乗で、皆で悟り、ゴールを一緒にしましょう、と言う発想がふさわしいと思ったのです。ですから小乗でなく大乗が日本にふさわしいと。山にこもって修行をしている人に接近しては駄目です。地上世界で良い国にする為に行動すること。それを日常生活の中で実践しなさい、という教えを聖徳太子はしました。天台宗の最澄、そして道元さんも法華経を大切にして死ぬ時も唱えて亡くなったようです。日蓮さんもです。

 江戸時代の白隠禅師は法華経で悟りました。白隠禅師は悟った、と思って指導していたのですが、42歳の時、冬の初めにコオロギが鳴いていた。それを聞いて法華経の教えを悟った、と言われています。
 冬の初めにコオロギが鳴いていた。コオロギがメスを求めて鳴くと思っていたのですが違いました。今、自分の出来る限界の中で一生懸命鳴く事が良いのです。無駄に捉えるのは間違いで、全ての人に存在する意味がある、と捉えるのが法華経の真髄です。

 最近、障碍者施設で入所者を殺した人がいました。役に立たないと言って殺したのですが、それは違います。宇宙全体で、人類全体の中でその人が、その能力で生きることが必要と法華経の中で教えているのです。
 障害をもったA君がA君という仕事をしている。B君も、いろんな制限、制約の中でやっている。自分なりの一生懸命の生き方をしていること。それが素晴らしいというのが法華経の教えです。
 白隠さんはコオロギの鳴き声で、出来る事を、自分の人生を一生懸命に、そこでできることをして生きていくのだ、と悟られたのです。いろんな人がいます。結婚している人、独身の方、離婚した方など、いろいろありますが、そのどれが正しいということはないのです。サイコロを転がすと倍の数があるのですが、その1つの生き方をいていることが良い悪いでなく、人類全体でいろんな経験をすることが必要なのです。
 白隠さんは法華経の精神を悟りました。それまでの禅は一握りの人を教えれば良いという考えでした。弟子でも若く死んだ人がいっぱいいたのです。そこから一般の人に教えるように変わりました。禅がエリートコースから変わったのです。
 私が禅を学んだ初めの頃に「野中の一本杉」の話をされました。最初そこは林だった。その中で最終的に1本の木だけが残った。皆一緒に道場で修業するのは一本の木を育てるためにある。というエリート主義です。しかしそれは本当の禅の悟りではありません。白隠さんの悟りの前のレベルの段階の悟りでしかありません。