2017年5月23日火曜日

948「日月地11」2017,5,23



・守護霊は自分というもののグループ、チームで存在していて、その中心にいるリーダーが守護霊で、ずっと関わってくれる存在です。必要に応じて関わるのは指導霊です。指導霊は必要に応じて変わります。

・色んな所へ行き、色々なことに関わると霊障を受けます。寝相が悪くなるのもその影響かもしれない。

・丑三つ時に魔が動くのです。月の引力が関わっています。月は魔的な存在です。そんなに良いものではありません。
 神社参拝は太陽のある時が良いです。一番は朝が良い、その時が磁場が良く、まともです。夜はろくなものいません。悪い事を考える人が夜にお参りするのです。色んな霊が神社に来ます。拝む人に応じて感応する霊が変わります。

・病院で働ける人は、霊的に強い人でないと霊的な影響を受けて狂います。法律相談も負のエネルギーを置いて行くところです。そこでは吸収体質の人は病んでいきます。
 その負のエネルギーをどう抜くかです。働いている人の意識を変えることです。笑う、香りを楽しむ。部屋を綺麗にする。風通しを良くすることです。

・春は冬に溜め込んだものを出す時期です。季節で良い物を取り入れる時で、直ぐに早く出せる人と出せない人がいます。食べ物はデドックスする野菜が良いです。遅く出る人はだらだらとなります。
 春は出会いと別れの人間関係の影響が出やすい季節です。

・新月の時に物事は始めると良いです。月は元々無かったものです。地球誕生の時には月は無く、後から来たものです。重力を持っていて月の影響で1ヵ月毎の循環が生じました。そのリズムに乗った方が良いです。
 新月、満月の特徴を知って活用することです。月はエネルギーが落ちるので、上げるのは太陽が良いです。エネルギーをどう使うか、関わり方です。情報とどう付き合うか。己をクリアーにして察する力を高めることです。
 己の霊意識体として世の中を見るようにすること。五感的要因でなく霊感、直観、インスピレーションで選択することが重要です。五感だけに頼っては駄目です。本来、自分が持っている能力を健全にすれば自分のその時に見合ったものに成れるのです。
 浄霊、浄化して霊的意識を高めて行くことです。価格やパッケージに騙されずに、エネルギー的に見ることが大事です。それは磨けば元に戻せる能力です。

・頭痛は何かを教えてくれているバロメーターです。エネルギー過敏症では、繊細で柔らかい処で安らぎます。水、植物のそこが心地が良いです。自分に合う、うっすら太陽が良ければそれでOKです。自分を知れば良いのです。

・月の存在だが何時来たかはっきり分かりません。しかし目的があって来ています。他星人の思惑、派閥が関与しています。そこには銀河連合が関わっていて、それぞれの思惑があることなので時期を確定させられない。

・祝詞は霊団と繋がる言霊です。繋がってどうしたいのか。ただ読むのは意味が在りません。
 お経とは何か。歌と考えるとヒーリング効果があります。音霊に使うなら、どの想いを込めるかです。言霊として使うなら、経の意味を理解しているのかです。意味を理解していないとただの音霊だけです。目的は何かが大事です。


 5時間もあっという間です。皆さんかなりクリアーになった様です。知らないことが、無知が全ての原因です。正しい事を、宇宙の摂理、真理をしっかり学び、実践して腹に落としていく事です。
 長時間にわたり神人さんありがとうございました。懇親会は半数の方が参加して大勢です。楽しき会話、美味しい料理と酒に満たされて、エネルギー充電はしっかり出来ました。
 嬉しき、楽しき、ありがたき、しあわせな笑顔の皆さんです。



2017年5月22日月曜日

947「日月地10」2017,5,22


 講演会の後半で質問の時間です。お答えだけ要点をお伝えします。

・木を使った瞑想に嵌まると駄目です。木から天然のインターネットで情報を得られるのですが、その瞑想から出られなくなります。木に憑り付かれることになります。木からエネルギーを貰う時は大丈夫です。木下に座っているのは役立たずです。聖者でないので、世に役立つこと、活かす生き方をすることです。木で癒すこと、自己治癒の行為は良いです。

・塩は天日塩が良い。
 
・祝詞の声の出し方では集中できる環境が良いです。声を出すと想いを込め易いです。念が入るので、始めは声を出した方が良いです。集中出来て、念じられたら良いです。

・サブリメントもピンきりある。

・○に十を指で書く。それは霊気で、これでするとマイナスは吸わない。自分は何も考えずにする。治そうとすれば吸ってしまって駄目になるので十分に注意する。

・太陽と己の関係性が出来る。太陽を見ながら指を右周りで指先を向ける。太陽の写真でも出来る。
 
・農業は基本的に浄化で負の要因はない。太陽エネルギーの活用だ。

・健康の為に身体を温めることが基本で重要です。身体の5つの首を温めること。首、手首、足首です。お湯に浸かること。夏場以外に、身体を冷やすものを食べない、飲まないことです。
 姿勢は気の流れを良くするので重要です。座り、寝る、立つ。綺麗な心地良い形が姿にあります。季節に見合った食べもの、生活をすることです。

・霊存在との付き合い方
 指導霊、守護霊と仲良くすることです。その霊存在は必ず全員に付いています。コミュニケーションは自分に話しかける形でします。別次元の異空間にいて、己に向かって話すと繋がります。思考の異次元存在としているので危険回避ができます。良い選択が出来ます。そこに感謝を向ける事です。
 霊存在は色んなものを学ばせようと関わります。主に近親霊が関わるので仲良くすること。大事にして、声を掛けることです。御利益をくれるのは近親霊です。かつて飼っていた犬、猫はけな気です。自分の胸に向けて唱えれば良いです。祈れば良いのです。

・100度参りをしますが、自分の本気を見せて、お力添えをお願いしているのです。霊存在が何とかしてくれます。霊縁がありますが、願いも努力が必要です。1000回位必要です。面識が無いものに何かしようと思いますか?相手のその理由が分かって動くのです。その願い事は、その人でないと叶わないものなのかです。

・賽銭で願いが叶うことはない。

・国家、国民のために動く時、同調して加勢してくれます。同調できるのは霊でなく、身近の人が動いてくれます。健康、縁談、お金ならリアルに現世的なもので解消されます。
 神はもっと大きいシステム。神もビジネスで、無駄なこと、ネガティブなことに時間を使わないのです。本当に必要な事、為に成るものに使うのです。

・その時々に身体の欲する動きがあります。バランスをとることです。痛みが無く、委ねる。肉体が欲する、感じるままに身体の声を聞くことです。自分の意識で黙らせているものがありますが、それをバランスが取るように外してやるのです。そこには理由があります。だんだんに分かってきて、気持ち良いと感じられたら正解です。やがて自然整体となります。

2017年5月21日日曜日

946「日月地9」2017,5,21


・塩の浄霊、浄化
 塩は袋のまま使います。塩袋を布で囲ってしまうと良いです。身体の表、裏を塩で挟んでします。ただ置いておくだけで良いです。普通は、塩は駄目になりません。
 魔物が来た時、生きた人の念も塩で払えるのです。稀に塩が駄目になることがあります。塩の量が多いほど良いです。さらさらしているものが良いです。
 
 寝室に1キロ袋を置いておくと良いです。お風呂にも袋ごと入れる。上がったら袋を置いておく。マイナスエネルギーを溜め込まないことです。貯めると何もする気にならないなり、思考がネガティブになります。小まめにマイナスエネルギーを抜くことが良いです。
 塩サウナがベストです。自然にある塩湖が良いです。熟睡が最高の快楽です。寝てると霊意識が研ぎ澄まされます。クリアーになると、良くも悪くも受けやすくなります。

 霊障があるのは1割弱です。体質的には感応体質や吸収体質、憑依体質、霊媒体質などには塩が有効です。塩はお守りになります。使った塩を太陽に当てるとリセットできます。
 寝ている時に布団の4隅、枕の下に置きます。部屋に塩を撒いて祓うことが出来ますがもったいないので、4隅に塩を置くのが良いです。
 相手が良くなり、クリーンになるのに、笑う事も浄化で、場の浄化にもなります。
 マンパワーで、舞いや適度な運動が良です。身体を苦しめるものは逆効果です。喜びを感じられるレベルで、やっている課程を楽しめることが良いです。

・言霊
 感動の言葉、喜びに繋がる表現なら良いです。1日の中でどれだけ喜びの言葉を言っているのか。マイナスの言葉で負の連鎖を作っています。
 ありがとうございます。感謝します。大好き。嬉しい。愛してます。
 対人関係、人間関係を清めることで、お互いに喜びになります。
 ありがとうございます、褒める、慰める、愛。これができると人間関係がガラッと変わります。言葉には意味も含まれています。
 ポジティブなものが良いです。未来に喜びに繋がる内容で、相手に良いエネルギーを送り続けることで出来るもの。相手が絶対に変わると思ってやることです。状況を変えられると信じてする。まず自分の中のネガティブなものを変えて行くことです。ネガティブなものあるので消せないので、まずどう感じるかです。
 
 ネガティブを見て、短く小さく終わらせることです。認めて、数秒で終わらせる。何にどの様に時間を使うのか。ハッピーな対象に使う様にすること。どのようなエネルギーを欲しているのか、あらかじめアイテムを用意しておくのです。時間を使わずに、自分がポジティブであれば、ネガティブなことがきても大丈夫になります。
 しかし沢山の未浄化霊が来ると太刀打ち出来ません。その時は素直に諦めること。そして、それに対応出来る霊団にお願いするのです。それは誰でも出来ることです。

・大日月地大神
 大日月地大神は銀河ネットワーク、宇宙を意味します。ここにお願いします。宇宙警察への110番で、それが祝詞です。いい加減にすると駄目で、しっかり、ちゃんとすることです。
「むーうーるーうーおー
 大日月地大神御魂
 日々御加護下さり誠に有り難き思い奉ります
 大日月地大神御魂
 祓え給え、浄め給え、守り給え、導き給え (前の大日~此処まで繰り返す)
 (病治しの時:癒し給え、治し給え)
 ひふみよいむーなーやーこーとーももちよろず
 むーうーるーうーおー」

 これを最低3回します。祝詞は霊団と契約することです。霊界と約束をすることになるのです。この霊団無しには神人は生きられません。お経、呪文も異次元の存在にお願いすることで同じです。
 自分の身体の痛いところに手を当てて右巻きの渦を作って祝詞を唱える。そうすると霊気がそこに入って、自己治癒力が高まります。他人にはしないことです。相手のものを受けるので自滅します。
 神人がやる時には、霊団が受け取ってくれていて、神人に貯まらないのです。やると効果がでます。素直に感謝の念でちゃんとリンクできたら可能です。





2017年5月20日土曜日

945「日月地8」2017,5,20


・自然
 自然の中で山、川、海、湖は良いエネルギー地帯で、そこに関わり、意識を向けると良いエネルギーを充填できます。仙台は良いところです。自然に恵まれていて、とても良いバランスです。街の中にも樹木も多く心地良いです。

 山歩きは憑依体質、吸収体質の人に良いです。山はパワースポットです。地球中、どこもパワースポットだらけです。川は上流が良いです。滝が特に良いです。エネルギー補充をするには、そこにいて座っているだけで良いです。そこでエネルギーを頂いていると、感謝の念を込めると繋がるのです。自然界はエネルギー的に高く、自分が感謝することで言霊で繋がるのです。
 想い方の訓練をするのです。ネガティブなことを考えて自然の中でするのは駄目です。自然への感謝の念ですることが大事です。そして1人でするのが良いです。エネルギーチャージするのは1人でするのが良いです。そこに30分いるだけで十分です。それが良いエネルギーを保つ秘訣です。選んでやれば良いです。やれば変わります。
 心身が喜びを体験するとやりたくなり、それをキープしたくなるのです。その様な自己教育で喜びを脳にインプットさせると継続出来るようになります。
 又、山は遠くから眺めるだけで目からエネルギーを貰えます。

・植物
 植物の力を頂くことです。樹木に抱きつく、寄り添う、根元に座る。まず樹木の生命体に話しかけてお願いするのです。そうすると寛容で良いエネルギーをいっぱいくれます。
 そうすると木が発する気が分かってきます。やがて今の自分に見合った気が分かり、木の相性が分かる様になります。そうして色んな今の自分に見合うものを見分けられる様になり、本来の能力を取り戻すことで、良いものを選べる様になるのです。

 人間は退化しています。樹木は根が地球からの凄いエネルギーを受け、太陽からのエネルギーも受けています。樹木は悪いものを吸い取ってくれます。樹木と友達になるともっと良い事をしてくれます。お気に入りになるのです。そうすると生きることが楽しくなります。
 植物でも草花は樹木よりは弱いのですが、攻撃的なものはないです。樹木に甘え、抱きつくのが良いです。1年草、竹、イネ科のものはエネルギーが強いです。それらを使った衣食住を考えたら良いです。それを使った履物、衣も良いエネルギーです。
 古代の人の叡智はちゃんと浄霊、浄化の完成形だったのです。現代人に退化しているのです。
 植物は動物にプラスエネルギーを与えます。そこに化学的なものが入らないものが良いです。ですから野生のものが良いです。活かし、食べて、身に付けること。バンブー、竹は宇宙植物で地球に持ち込まれたものです。なるだけ樹木を切らないのが良いですが、植林されたものを一度切ってしまうと、20年で元に戻ります。そうして生態系を回復させると良いです。

・五感
 ライブに来た人が大麻で捕まったのであまり関わりたくないと思います。大麻は吸わないこと。ナチュラリスト派の人の中でいながら、身体に良いからと吸う人がいます。しかし良い迷惑です。
 アロマ、花の香り、お香で浄霊、浄化ができます。肉体的喜び、快楽を高めていくと幸福感になるのです。五感を喜ばせるものなら良いです。しかし過ぎると駄目です。いろんな香りがありますが、己にとって合う香りを選べるようになることです。
 香りで繋がる意識が変わります。自然の花、草木のものが良いです。人工的なものよりもそちらが遥かに良いです。風の匂い、水の匂い。鼻から今、己を清めて癒しているという意識で嗅ぐと良いです。
 耳も同じです。心地良い音で安定できます。又、まったく音を必要としない無音の時もあります。音から解放してあげるのです。
 写真、映像で自然を対象としたものでもエネルギーが入ります。それで目から癒せるのです。部屋の中にどういうものを置くかです。良いエネルギーで五感を喜ばすことです。
 味わう、美味なものを食べて美味しいと思い、これからどれだけ喜びを感じ、舌から清めるかです。咀嚼しながら沢山の喜びを頂いていると、「ありがとうございます」と言うことで浄霊、浄化になるのです。
 霊体が霊体を食べている状態を味わうのです。良いエネルギーと思って、ありがとう、と思うことが大切です。

2017年5月19日金曜日

944「日月地7」2017,5,19


・霊体の変化
 マイナスエネルギーに触れると霊体は萎縮して小さくなり、歪んできます。本来の正常な楕円形から欠けてきて、色も明るいものからくすんでくるのです。
 霊体エネルギーが弱ると、肉体もその霊体エネルギーを受けて、DNAが持っている弱味の所から病んでくるのです。ですから病名は全員が違うのです。身体のバランスが崩れることから起きるものです。
 
 病体になると治すのに時間がかかります。霊体が病んでいるのが病体で、このレベルだと治していけます。やがて身体まで変化して狂ってくるのです。そうして間違ったことをし始めるのです。マイナスエネルギーを取り込み、細胞が喜びでなくなっていきます。
 身体は会社だとすると、内臓は部署で、そこに社員がいる構成です。会社の社長が霊体です。社長の霊体が狂うと会社、社員も困ります。そしてどんどん不都合な意識になるのです。 
 社長が毎日、社員に感謝しているか。良い社長でないと社員の能力がでないのです。経営者として自分の質を上げることだ大事です。社長の仕事は会社に取って、社員に取って、良いものを選んであげることです。

 肉体の中で統合して、バランスを維持できたら良いです。これが社会にも通じることです。幼児教育をしっかり出来たら社会に出て社長が出来きます。このことを、この国全体で出来たら幸せになります。そして国が豊かになれます。その為に、教育を変えないと駄目です。国を悪く言っても駄目で、そこには歴史が関わっているからです。まずは家庭、地域からで良いのです。

・体に良い物を選ぶ基準
 物が持っている質、エネルギーがあります。どんなものも過ぎると悪いものになります。自分が持っている癖や習慣を改善していく事です。
 働きすぎ、遊び過ぎ、悪口の言い過ぎ、食べ過ぎ、冷やし過ぎ・・。周りの人に言われる事については、その意見を聞いて止めることです。無理をすると身体にストライキが起きることになります。自分でそれを止められる自分になることだ大事です。
 そのことにお互いに気付き合える家族、仲間になることが良い関係性です。

・太陽との関わり方
 太陽との関わりは重要性があります。霊体、肉体も太陽を必要としているのです。太陽を5分、10分浴びれば良いです。霊体エネルギー的に考えて太陽エネルギーを補充するのです。
 浄霊、浄化で太陽を浴びる。光を吸う。深呼吸して霊体的に光りを食べる。このように霊意識を集中して光りを食べて、負のエネルギーを吐き切るのです。光りを食べるのには、朝にするのが良いです。
 光りは昼に活性して元気になります。天の気は太陽で、昼に働いて良いですが、多いと疲労が蓄積するので夕方、月が出たらそこに意識を向けるとエネルギーが抜けていきます。それは癒しのエネルギーです。このバランスを良くして、朝夕にやることが良いです。この様な理屈を知ってやることです。

・お風呂
 お風呂にゆっくり入ることです。水と火に清められる、と考えて入浴すのです。塩を入れても良いですがもったいないので塩袋で入れるだけで良いです。火水をかみ、神として崇め、感謝するのです。
 祝詞的に「水の神、火の神、祓え給え、清め給え、癒し給え、治し給え、ありがたき、ありがとう」と想いを込めて言うのです。
 今日、1日付き合ってくれた生命体にお礼を言う。ゆっくり洗いながら、話しかけ、意識を向けてやるのです。そうすると穏やかにゆっくりした入浴になります。ただ洗う為では霊体は癒されないのです。
 温泉のエネルギーは地球から貰っているものです。地の神、ありがとう。地球に抱かれた様に入ると、気が入ってきます。正しく、考え方しっかりを持って行為することで浄霊、浄化になるのです。これは健康に成る為のものです。



2017年5月18日木曜日

943「日月地6」2017,5,18


 そこには要因があります。今は過去の結果で必ず原因があます。これからは、今の自分の想いの選択のしかたで変わります。形の在ものは全部エネルギーに変えて考えてみるのです。
 良いエネルギーを選択すると良いものになる。悪いエネルギーを選択すると悪いものになる。ちゃんと選択出来る人になることだ大事です。そのことをしっかりと学ぶことです。 
 正しい、善悪を教えられる人が大人ですが、この世の中にその様な人がいないのです。皆、病んでいます。毒気の影響を受けていて、ものすごい毒気に触れると何十年も出られない人もいるのです。
 自然界にあるものはほとんど良いものです。稀に悪いものもありますが、人工的なものは悪いものが多いです。化学物質的なものなどです。それに触れない、取り入れないことです。良いものを悪へ換え、悪を良いものへ換えるテクノロジーがありますが、良いものを選ぶ習慣を身に付けて、良いエネルギーで生きられる様になることが重要です。

・浄化
 良いエネルギーのものを身の回りに満たしていくことです。誰でも備わっているものですが、なんとなく感じる、察する能力が発揮されないと、左脳的に安い、使い易いで選んでしまうことになります。
 この世の中で一番必要なのは健康です。それは自分が選ぶもの次第です。痛い、苦しいは幸福感の間逆です。“良いものを選べる人になろう”が一番です。しかし、それが当たり前のことですが、本当にやれる人が少ないのです。それは人間の業です。それでは何にも変わりません。

 200年前の人が使っていたものと、今使っているものは違います。私たちは世の中の隠蔽体質に慣らされています。ここの考えを正さないと、浄霊、浄化が出来ません。
 霊存在の良い、悪いも見極められないと駄目です。全てが発しているエネルギーで見極めるのです。身の回りにいる人で、エネルギーが悪い人といると気分が悪くなります。逆に、エネルギーが良い人とは笑顔が止まらないのです。エネルギーが悪い人といるとやがて病気になります。

 自分はどうなるか、まず自分で決めることです。人との付き合いを選ぶことです。家族などは逃れられないので諦める。でも、よっぽどなら縁切りをするのです。これは過去生からの因縁なのです。
 世の中は辻褄が合うようにできています。現状、自分がどういう気持ちか、そこに因縁因果があるのです。こんなことは早く終わらせることです。そのことを教えれば良いのです。良いエネルギーになって、社会貢献して生きていけば良いのです。

 その為には、環境と教育が重要です。何故そうなのか、これまでの歴史が負の連鎖で続いていて、どこかで終わらせないとそれはまだ続くのです。だから早く終わらせましょう。ただ知れば良いのです。深く理解して、覚ることが重要です。

 自分の霊意識が研ぎ澄まされた時、聞きたい事を聞けてすっきりしました。私は。異次元の存在に教わったのでそのことが解けていきました。同次元の状態でも、誰かから教わったら覚れることです。このことは極一部の人にしかない、とされてきて事を知ることです。

 自分で良いエネルギー体を選ぶ事です。それを取り込んでいる場、物、人、食べもの、全てからエネルギー、気を取り込んでいるのが現状です。そのことをしっかり教わる事が大事です。
 今の世の中はうつ病だらけです。びっくりするのですが、正しいことを教わっていないから起きているのです。これが1つのメカニズムなのです。


2017年5月17日水曜日

942「日月地5」2017,5,17


 4月22日は神人さんの5 時間講演会です。テーマは「自分で出来る浄靈浄化の仕方」です。定員丁度30名の参加で会場は満席です。内容をお伝えします。

・霊とは何か。
 皆さんは自分のことを理解していない。何故ならその教育をされていないからです。私たちは、エネルギー体の霊体と、肉体が合体したのが今の状態です。死とはエネルギーが肉体から抜けた状態のことをいいます。肉体はこの次元で活動させてもらう為に貸してもらっているものなのです。

 エネルギー体として霊意識を覚醒させることが大事です。その認識で生き方が変わります。肉体は使わせてもらっている生命体だということ、このことを教えてもらっていないので、世の中は不和になるのです。子供の時から教える事が必要です。他存在、霊存在が合体して生きているという認識で大切に生きられるのです。そこの、ありがとうという幼児教育を受けていないのです。
 
 これからの世の中は、それを教わり、自己愛で生きる人になることが大事です。そして自分と同様に他者も大事にすることです。そうすると、いじめや、犯罪、戦争は有り得ないのです。でもこのことが分かると困る人が教えないのです。それはこの世を支配している人、裏社会、金儲けの人たちです。お金儲けには戦争が一番儲かるのです。

・浄霊、浄化
 霊体の特徴は、形が無い。もやもやしている。光りの粒のようで転生して入るものを換えて生きている。エネルギー波どんどん宿木を変えて行く。といったもので、今は数十年使える限定された形でしかないのです。

・思考のメカニズム
 肉体のDNAから来る情報は、肉体を全て一体にしてからのもの、過去生からくるもの、異次元存在からもたらせるもの、これらから選んでいます。そこには良いエネルギー、悪いエネルギーがあり、その影響を受ける単純なメカニズムです。
 何が良く、何が悪いかは、その判断の為に教育を受けないと駄目です。しかし裏があって教えないのです。実は、病気になった方がビジネスになるのです。人、イコール金で如何に騙すかです。そのことが善の仮面を被って行なわれているのです。

 自分の身体を守る事は自己責任です。しかしその学びを受けたいという人しか学べないのです。心身の健康が憲法で保証されているはずなのに、それが無いのです。現状は、ほとんど間違っていて、正しいことを教えられていないのです。
 霊的には良いエネルギー体でない悪いものの方が多いです。それは私達の肉体を使う霊人でしかなく、どこか苦しみ、病んでいるのがほとんどです。本来、良いエネルギー体で、光が強く元気で良いものなのです。人はエネルギーに応じた思考を選びます。悪いエネルギー思考を選ぶと霊もどんどん悪くなるのです。ですから病は気から、は真理です。

・気とは何か。
 霊体の発しているエネルギーの質があります。霊体と肉体の関係性で、霊体が悪くなると肉体が悪くなります。それは霊主体従で、異次元が現われたのが現次元です。そこから病は気からが始まるのです。
 外的要因によって身体が悪くなることがありますが、ほとんどがその人の知識不足です。本来の生き方をしていないので、それに見合ったものを集めて生きているのです。
 未浄化霊、悪魔霊の影響は少なく、1割もないのです。ほとんどは正しい知識がなく、負の連鎖で起きています。それは自業自得です。健全で長寿の為の考え方を教えないことが原因です。しかし、そこをしっかり学ぶことで不老長寿になれます。
 

2017年5月16日火曜日

941「日月地4」2017,5,16

・11曲目 「地球の声」
 これは3枚目の「真」のアルバムに入っています。もう売り切れのアルバムで、作って1年で売り切れました。リニューアルしたいと思っていたら5年が経っていました。

・12曲目 「神様の中に」
 これも「真」の中にある曲です。アルバムを作った年だけ歌いました。この曲を歌うのは稀です。
 神人として14年目になります。今日、唄語りライブをやれて良かったです。新しい事を始めるのは全部、仙台からです。霊伝も仙台からでした。1年位で止めたのですが又新しくしてやりました。
 ライブの第2部のお伝えですが、これは交霊術でなくチャネリングです。異次元と現次元の周波数を合わせると声が出てくるのです。私が伝えているのでなく、私には思考、感情がなく、周波数を合わせると言葉が流れてくる、という状態でしています。
 交霊では時間が掛かり、負のエネルギーが残ったり、色々あって4年間で止めました。色々と進化しています。
 講演会ではこの場の集合意識へのチャネリングをしてやります。ですからほとんどの人に当てはまるものを伝えることを講演会ですることが多いです。
 講演会で質問しようと思っている内容を先に伝えていることが多いです。そして遠隔が出来る様になります。フェイスブックで「今日の一言」を発信していますが、結構、タイムリーで見透かされて居る様な内容と言われます。神人のことが意識にある人の意識が流れてくるのです。その全国での集合意識にあわせてチャネリングすることで、それが最大公約数的な言葉を出せるのです。

・13曲目「幸せの種」
 これはファーストアルバムに収録してある。めったにやらない曲でレゲイです。

・14曲目 「出逢い」
 これもめったにやらない曲です。今まで出会った人、亡くなった人に向けて作ったものです。この世に生まれ、出逢った全ての人にありがとう。何時の日か又会いましょう。再び、又会いましょう。素晴らしい出会いをありがとう。という感謝です。


 唄語りライブはあっという間におわりました。懐かしく聞けましたが、昔とは大きな変化があります。10年の神人さんの足跡、経験、進化の内容、人間として、霊媒として、ミュージッシャンとして大きな成長が感じられ、語りに唄の響きに引き込まれていくライブでした。
 正直に言うと、最初に神人ライブを宇都宮で聞いた時に、何とも異質な感じを受けたのです。聞いていて心地が良いという世界ではありません。しかし何か深いメッセージ性を感じ、同郷の青森県八戸出身という共通の因子が感応したのかも知れません。そんな事で、仙台へ来て頂く依頼をその場でしている自分がいました。

 ライブの中でも紹介されていましたが、仙台初ライブは2007年3月3日に青麻神社本殿で行なわれました。27名の参加で皆さんに一言のお言葉を頂きました。その時の顔ぶれで今も神人さんと繋がって居る方は4人です。今は昔です。既に栃木のKさんも神人さんのライブの主催やめて久しくなりますから、仙台が神人ライブの主催地としては一番古いのかもしれません。
 新しいことが始まるのは仙台と神人さんも言っていましたが、今回も唄語りライブの新しいバージョンが仙台から始まることに成りそうです。今回のライブは懐かしくもありとても神人さんが素直に伝わってきて良かったです、と神人さんにお伝えしたら、とても喜んで下さいました。
 私の指導霊やバックの霊団も含めて神人さんとの共通なものが継続進化しているのかも知れません。最大公約数的に現次元での学びを重ねているのでしょう。

 懇親会は6名で少人数でしたので、かなり個人的な問題も含めて和気藹々と歓談し神人さんもお酒が進んで、青森地元の田酒をもっきりでかなり満喫されて、心地良い1日を終えることができました。


2017年5月15日月曜日

940「日月地3」2017,5,15

・4曲目 「みろくの扉」アルバムの3枚目か2枚目の曲
・5曲目 「ささやき」
 大日月地神示の自動書記が2006年6月6日に始まり、ブログに書き出しました。全国から京都に私に会いに来てくれました。その中で栃木県から来たKさんが3日位いて色々聞かれました。彼からライブに来て欲しいと言われ、始めて京都以外での地方ライブをすることに成ったのです。宇都宮から地方ライブは始まりました。そのライブにKさんの友人の大久保さんが来ていて、仙台でやる事になり、ライブをやりました。そこから広がりだして10年が経ちます。

・6曲目 「いのち」 いのちを大切にしたいという思いで作った。
・7曲目 「さくら」
 仙台では青麻神社で初めてライブを行ないました。仙台に来る新幹線の中で、指導霊から「ライブの参加者1人、1人にお言葉を言うように」、と言われたのです。初めての事で、どうするか分からないままに、頭に浮かんだ言葉をメッセージとして伝えました。このような霊媒行為をするのは仙台が初めてでした。
 
 京都から陸奥の地に人が来て、麻の栽培を指導して伝えることで青麻神社が始まったのです。ここには鞍馬の教えを持ち込んだのです。青麻神社は鞍馬と同様に日月星が祭神です。日月星ですが、そこに仏教と融合して地球が入り、日月地の形です。
 私が京都で、ビーガンで疲れ、くたびれて信号待ちをしていたら、「こちらに来い」と声がましした。しかし直ぐに行ける状態で無く、次に「いつでも良いから来い。」と言われたのです。何処かと思ったら、天狗が見えたので、そこは鞍馬だったのです。
 後日、脳裏にそのことが浮かんできたので、バイクで行って参拝しました。鳥居があり、ケーブルに乗って上に行って鞍馬寺を参拝した。霊人が迎えてくれました。ベンチに座ったら、急に自発整体が始まりました。それは霊気で気持ちが良い極致でした。参拝客の方は私を見て怪訝そうにしていましたが、それが1時間程続きました。そしてそのまま帰ってきました。それがあった鞍馬と青麻とが繋がったのです。

 自動書記のタイトルが「日月地神示」でした。1冊600円で本を作ったのですがお金がないのです。指導霊から、「お金をネットの人から貰え」と言われました。ネットにお金のことを書き込んだら、沢山の振込みがありました。
 好きな事をやって、毎月必要なだけのお金が入って来ました。そういう事をして10年が過ぎたのですが、現実的に奇跡です。指導霊から店を辞めたら、ファンからお金を貰いなさいと言われ、お陰で毎月お金を頂けているのです。

・8曲目 「地球」 2005年ファーストシングルで1998年作曲
・9曲目 「ぴんさくの花」 ホウセンカのことで沖縄っぽい曲。
 沖縄の宮古島が好きです。宮古島の霊団が良くしてくれました。そこはレムリアの地です。海で魚と話しをしました。魚はかまって欲しくて付いてくるのです。北海道と沖縄は別な世界で好きです。長野も良いです。高い山が凄い。唄語りを久しぶりにしているのですが結構話せます。

・10曲目 「感謝」
 私が歌っているようで、半分は誰かが歌っているのです。霊媒も慣れると面白いです。しかし慣れるまで地獄です。しかし、それで生きていくと腹を括れるか、繋ぐ事ができるかです。そして浄霊は出来るかです。
 異次元の存在と話し、他星の存在も出てきて広がり、価値感も変わり、現実離れし、その距離感が孤独感になるのです。数年前までそれがあったのですが、今は抜けました。
 過去のことを考えて整理してみると、順調に来ていると分かります。憂うべき事もあるのですが、全ては過去の結果を今に見せられているのです。そして今の結果が未来なのです。
 今の自分が決める可能性の世界、因果の世界は選ぶことで生じるものです。予言は当たらないのです。特にネガティブなものは駄目です。周りに作られた空気に流されないことです。今、これを読んだら、幸せになる、という本を書いています。




2017年5月14日日曜日

939「日月地2」2017,5,14

・3曲目 「草木のように」
 お店での2年間に沢山の出逢いを頂きました。指導霊の言う事は間違いではありませんでした。マネージャとして入り、たまに料理を作ったりしました。お店の2階にイベントスペースがあり、そこでいろんなことが出来ました。そこからいろんな情報を発信しました。そこの店で初めてのビーガン料理店を始めたのです。
 
 メディアも食らい付いてきました。当時、私は周りのベジタリアンを敵にしてやりました。お店では、もどき食材のメニューばかりを作ったのです。ファミリーレストランとほぼ同じメニューで、一般の人にベジタリアン、ビーガンを知ってもらいたい、と言う思いです。それを食べてもらう為に、もどき料理にしたのです。そんな風にしてベジタリアンに喧嘩を売ったのです。
 当時の環境問題の人たちはほとんどがベジタリアンでした。メニューには、知ってもらいたい事を書いて発信していて、押し付けがましく、暗くなる感じの内容を出していました。それで客が来なくなっても構わない、と思ってやっていました。しかし、常連さんの口コミで拡がり、やがて雑誌、テレビなどの取材か来る様になり、繁盛店になったのです。

 そのもどきのフェイクフードで若い人に受けました。エイプリィールフールに雑誌に載ったりしました。京都に来る外人にも人気になりもてました。本格的な精進でないのですが、口コミでお客の半分が外人という具合で、日に繰り返し来てくれたりしました。
 そこで色んな価値観を学びました。そして生きていく自信を得たのです。又、お店には色んなお店がスパイに来たし、ビーガンの言葉を皆が使い始めて、繁盛しました。しかし、やがて会社的にやっている大手資本に負けてしまいました。そこは食材も自社の農場の栽培野菜で何店舗も出来、その様なオーガニック、ベジタリアンに負けたのです。

 最初はオーガニック製品で売り出したのですが、他にやってくれる店が出来て、ブームが来たのですが、しかし、実際には分かっている人しか客として来ていないし、思った程には拡がっていなかった、のが実情でした。そこで、もうここで伝えるのは限界だ、原点に戻り、料理を止めて、音楽で伝えることをしようと思いました。

 世の中はロハス志向で京都中がそれをやり始め、イベントだらけです。その時、自分の行き場が無いのですが、世の中はスピリチャルブームになっていました。
 霊、神、UFOの情報が溢れていました。しかし、東京に居るころオーム真理教事件で、変な噂になるのでそんなことは皆に言うなと言われていました。丁度、32歳のころで、絶対に他人に言っては駄目、と言う秘め事になっていたのでした。しかし、江原さんがテレビに出ていて、それがブームになっていました。彼は英語で言っていてかっこ良かったです。

 思い切ってライブでその話をしたら、皆の笑顔が消えたのです。エネルギーの変わり方が凄かった。それをやり始めたら、ライブにお客が来なくなり、是までのファンが消えたのです。ライブの時に客が一人も居ない。どうしたんだろうと、何か間違いかと、日時を何度も確認したのですが客がゼロだったのです。これが現実でした。でもライブを同じタイトルで3度やりました。2度目は友人1人、3度目は友人と友人の友人の2人でした。
 そこでカミングアウトすることを決めて、「自分は霊媒だ」と公言したのです。もう包み隠さず、言う事を堂々と言ってライブをやったのです。ネットでもそのことを言ったのですが逆に受けました。
 その頃に、自動書記が始まっていました。ネットで発信しましたが、全国各地から京都に私に合いに来ました。自分が腹を決めて生きたら良いのです。自分がそんな底辺を知っているので、ライブに10人位の客がいると嬉しいです。

2017年5月13日土曜日

938「日月地1」2017,5,13

 2017年4月21日から23日までの3日間は神人さんのライブと講演会でした。今回も濃厚な時空間を満喫出来ました。その様子をお伝えします。

 21日は唄語りLIVE ~歌とスピリチュアルなお話のライブ~でした。いつもはうさとの麻の衣装ですが今回はライブを始めた当初の井出達で作務衣です。
 神人さんの仙台ではファーストライブは2007年3月3日に青麻神社で行ないましたが、その時を思い出す雰囲気です。まる10年が過ぎました。神人さんも原点に回帰して新たな始まりをこの仙台からスタートされる、そんな気がするライブです。

「今回、唄語りライブを仙台でしますが、久しぶりです。この唄語りは神人ライブを始めたころの形ですが、最近はシャーマニックライブなどがほとんどでした。懐かしい曲も含めて20曲くらいリストアップしていますが最初の曲は「和」です。


・1曲目 「和」ファーストアルバムのタイトル曲でワルツの曲
 私は板前を20年やりました。当時の夢はお店を持って、休みの日には常連さん達とお店でライブをしたいと思っていました。そうしたら急に霊媒体質が出だしてしまいました。夜は眠れないし、味覚の狂いが起きました。味覚の狂いは料理人には致命的です。ストレスと疲労で何を食べても苦しいし、このままでは料理人としては無理だと思いました。

 結局、京都で精進料理を4年やって止めました。その時に私の守護霊さんが「好きな事をやって生きろ」と言います。でも、どこからお金が入って来るのか不安でした。しかし守護霊が言う通りにやってみようと思いました。まず3ヶ月やってみて駄目ならやめようと。 
 2005年のその春に、私は結婚をしていたのですが、嫁さんはそうすることを咎めませんでした。「暫くゆっくりして、好きな事をしたら。いざと成ったら私が働くから。」と言ってくれたのです。妻は看護士でした。
 しかし、どう生きるか定まっていない状態です。その時には、神人として既に歌は唄っていました。当時は飢餓、環境、食育をテーマのライブです。ライブでは、30人分の精進の会席弁当を自分で作って1500円会費位で、ライブの後に食べてもらっていたりしていました。しかし、もう二度とやりません。真剣に、本気でやっていました。募金もしてもらっていました。そこにはスピリチャルのスの字も無い頃で、世の中を浴したいと思う活動家が多かった。

・2曲目 「愛になる」ボサノバの曲
 神人としての変化は目覚しいのですが、人生の変化はもっとすざましいものがあります。料理人から霊媒になったのです。その変わり目の時はとても不安でした。生きていけるのか?と不安でした。しかし指導霊は「生きていける」と言っていました。
 友達が京都でベジタリアンカフェをしていました。そのオーナーの友人女性が妊娠して私のところに来ました。そして突然泣き出したのです。「どうしましょう。私はお店と両立出来ない。もう続ける自身がない。」と言います。私が勤め先の店を辞めた、と聞いて来たといいます。友人は私にお店をやれと言いい、泣き付かれました。結局、彼女の出産までお店を私がやることになりました。

 そこでは2年間、お店を代わりにやりました。店にはマネージャーで入りました。そして、そこの店の仕組みも全部変えました。そこのお店の内情を知ると、オープンから4年間で一度も黒字が無い、赤字続きだったのです。
 彼女はどうやって生きていたのか。お店の残飯を食べて生きていた、と言います。彼女は京都の親元で暮らしていたし、赤字はご主人の給与で穴埋めをしていようでした。馬鹿だ!利益を出さずに何をしたいのか。彼女は使命感でベジタリアンをしていたし、私が唯一の友達だったのです。彼女は大馬鹿だ。
 そこから私に火が付いたのです。お店を黒字にしてやる、と本気でやりはじめました。それまでは食材の仕入れも高いものを使っていて、オールオーガニックのもので、その世界はぼったくりの値段です。そこで安く仕入れる為に、青森の実家の農家の余りものを仕入れて営業しました。そしてやがて黒字になりました。


2017年5月12日金曜日

937「法華経12」2017,5,12

 私は人との接触が苦手です。授業(講演も)するなんてもってのほかのことなのです。
もうこの歳になって、魂も少しは成熟したのか、かなり平気になり、嫌な気分をサッと切り換えることが出来るようになりましたが、若い頃は、これから授業に出かけねばならないという時になると、重苦しい気分に襲われたものです。 
 そんな逃げ出したいような気分を吹っ切って、心の中で「エイッ」と気合を入れて物理準備室を出てゆきます(先生方と関わりたくないので職員室にはいないで、準備室にいたのです)。
 教室に向う廊下では、敵陣に「ワー」と、単身跳び込んで行く戦士のような気持ちで勢いよく前進します。教室に入ると、たいていの場合、前の授業の書き込みが黒板に残っているので、「日直、黒板!」と大声で叫びます。 
 もうここまで来ると、すっかり開き直れていて、これまでの遺伝的自分は姿を消し、「別の自分(神的自分)」が表にあらわれてはたらき始めます。 

 他の先生方や生徒によると、私はいかにも楽しそうに、伸び伸びと、生徒が好きでたまらないという感じで授業しているのだそうです。本当に不思議です。私にはそれがとても信じられません。 
 私は人が嫌いで、生徒も大嫌いで、授業がイヤでイヤでたまらないというのにです。 
 ですから最後の最後まで覚悟が決まらずウジウジしているのですが、ついに開き直って覚悟を決めて攻め込んで行くときには、そんな「弱気の遺伝的自分」は跡形もありません。 
 とにかく、四の五の言わず、計算せず、「ただ思い切って跳び込んで行く」という覚悟が定まらないと、遺伝的自分、過去の延長上の運命を吹っ切って、新しい自分を打ち出し、新しい天地を切り開いてゆくことはできないと思います。 

 というのは、どのような「思い」も遺伝的自分、過去の運命軌道の自分から出てきたものなのですから、そんな思いを断ち切って(思い切って)、「裸の身ひとつ」で跳び込んでゆかねば、「本当の自分(神的自分)」を表に出して生き生き自由にふるまうことは出来ないのです。 
 いくら悩んでもいいけれど、最後は覚悟を決めねばなりません。最悪、死ねばいいだけのことなんでしょう。だから思い切って、エイッと跳び込んでゆけばいいのです。そうしたら、なぜか最高の自分が現れてはたらき出すのです。 

 ここのところを学ぶ公案としては、「香巌上樹」という公案が有名ですね。 
 香巌禅師が弟子達に問題を出します。 
 崖から枝を突き出した樹があって、その枝を僧が口で銜くわえてぶら下がっているのです。その時、崖の下に人がいて、仏教の真理についての質問をするのです。 
 さて、その人の質問に答えれば地面に激突して死んでしまうでしょう。答えなければ、僧としての本分(身を犠牲にしても人のため、世のために尽くそう)に反します。 
さて、この僧はどうすればいいのか、というのが香巌さんの公案です。 
 この公案の解答は、いたってすっきりしたもので、思い切ってこの人のために答えてあげればいいのです。 
 そうしたら決して地面に激突することはなく、宇宙全体が、この僧をしっかり抱きかかえて生かしてくれ、質問をした人のための最善の解答が口からとび出すようにしてくれるのです。 
 どうしてそうなのか分かりませんが、そうなのです。世界はそう出来ており、自分はそう出来ているのです。 
 死ぬ覚悟なら生かされるけれど、生きようと足掻あがくと死ぬことになるのです。 

『碧巌録』に、こんな公案もあります。 
 慧忠国師に粛宗皇帝が「どのように国を治めてゆけばいいのですか」とたずねました。 
国師は、「帝よ、仏の頭を踏んで進んで行きなさい」と答えました。 
 仏さまが飛び石のように並んでいて、その頭をピョンピョン跳んで行けなどと言っているわけではありません。 
 政治なんて五里霧中で、先のことなんて誰にもサッパリ分からないのです。計算したり、部下の意見を聞いたりするのはいいけれど、最後の最後は、自らの責任で断を下して、死ぬ覚悟で、エイッと思いっきり空中にとび出してゆくしかないのです。 
 ところが、不思議なもので、思い切って自分を捨ててとび出してゆけば、なぜか踏み出した足の下に仏さまの頭が現れるのです。 
 仏様が自分を支えてくれ、仏をも超えるような妙策が湧き出して来るのです。 
 このようにして、次々、エイッ、エイッと空中に躍り出してゆけば、一歩、一歩、踏み出すそこになぜか仏様の頭が現れて支えてくれ、気づいてみれば、国民が感謝し、ほめたたえてくれるような、最善の一連の施政が行われていたということになるのです。
 自分にはまったくそんな自覚はないし、そんなつもりもなかったのですが、そうなるのです」

2017年5月11日木曜日

936「法華経11」2017,5,11

 2年後には高校教頭になりました。その時は、「順当人事」と言われたそうです。
 中学教頭の依頼を受けた時、校長はこうおっしゃいました。
「立花先生は、取り立てて何かの才能があるというわけではないけれど、先生がいるとなぜかみんなが落ち着くので、別に何もしなくていいですから、とにかく教頭の席に座っていて下さい」
 そうおっしゃったので、教頭になってから新規なことは何もやらないまま終わりましたし、5時になると、サッサと帰宅するという、変な教頭だったのですが、それで非難を浴びることもなく、それに不思議なことには、学校としての成績も一気に上がったのです。
これまで、九州で2位、3位という進学実績の学校だったのが、私の教頭在任中は、九州トップの進学校になりました。現在は、私は教頭を辞め、退職もしたので、九州2位という座に戻っているようですが不思議ですね。

 何も特別なことはやらないのだけれど、勝手に関わりのある組織、集団が改善されてゆくのです。外に見えて何かをするわけではないので、誰にも誉められることはありませんが、そのほうが奥ゆかしくていいですね。
 私の心に収納されている「天からのメッセージ」には、まだまだたくさんの未開封の部分があって、私の地上での成長と共に、少しずつ開封されて読み取れるようになってゆくでしょう。
 果たしてどんな素晴らしい情報が隠されているのでしょうか。とても楽しみです。

 このように、42歳で伊勢にお参りして決意表明してから、私の人生は一気に変化しました。
 ふしあわせな人生(まずしい、さびしい、むなしい)から、しあわせな人生(ゆたか、にぎやか、いきがい)への変化です。
 しかし、一気にといいましたが、私の場合は、3年間ぐらいの時間差がありました。
42歳の決意表明から45歳で就職するまでの3年間が、私にとっては一番どん底で、苦しい時期でもありました。
 本当は、想いが変わると、一気に環境が変わる(天界はそういう世界です)はずですが、その人が過去から積み重ねてきた「いのちの傾向性」(仏教でいう「業」、物理学では「慣性」という)が、変化を邪魔するのです。
 覚悟を決めて跳び込んでゆけば、運命が変わるのだということと、しかし、一気にというわけにはいかないこともある。時間差があるということも、あわせて知っておいてください。

仏様の頭
 私の親父は人間嫌いで(でも、冷たい人ではなく、とても心優しい人だったと思います)、私もそんな「いのちの傾向性」の遺伝を引き継いでいます。人と関わっているだけで疲れて苦しくなってしまうのです。
 そんな私が、多くの生徒と向き合って関わっていかねばならない「教師」を長年やってきたというのは不思議なことですが、この世は「魂の学校」なので、ワクワク楽しいことばかりやっていたらちっとも魂は成長しませんね。
「基本、苦手なことを避けずにやってゆけば間違いないですよ」と、私は私自身の人生経験から、若い人にはアドバイスしています。
 どんなことでも、やってくる出会いは、きっとその人の成長にとって一番必要な課題なのですから逃げたらいけないのです。逃げれば逃げるほど、「課題お化け」は肥大して、どこまでも追いかけてきます。

 こんな夢を見たことがあります。
「怪獣」が出てきたのです。私は怖くて逃げ出します。「怪獣」は追いかけてきます。私が逃げれば逃げるほど、「怪獣」は大きくなってゆきます。前に壁がそびえていて、もうこれ以上逃げることは出来ません。
 私は思い切って振り返り、「怪獣」を正視します。すると、「怪獣」が少し小さくなったような感じがするのです。私は覚悟を決めて「怪獣」に向って進み始めます。すると「怪獣」は私から逃げるように後退してゆきます。そして、ドンドン小さくなってゆきます。そして、ついに壁ぎわまで追い詰めて、よくよくその「怪獣」を観察すると、実はその怪物の正体は、一匹の小さなコオロギ君だったのです。


2017年5月10日水曜日

935「法華経10」2017,5,10

 その時、福岡の友人が電話をくれて、福岡一の中高一貫の進学校が物理の先生を募集していると知らせてくれたのです。 私はもう45歳になっていましたし、また物理は専門外だったのですが、とりあえず履歴書を送ったのです。
定職にも就かず、フラフラ人生を生きてきたことが一目瞭然の履歴書です。そして、大阪から福岡まで面接に行ったのですが、物理の採用テストを受けてくれと、突然言われたのです。
 私は物理は専門外で、勉強したことがないと正直にお話しして謝り、テストを受けないで、『ああ、やっぱりだめだったなあ』と、大阪に帰ったのですが、なぜか正教諭として採用したいという通知があったのです。

 本当に神様は、必要となれば、どんなことでもやってしまうのですね。このような奇跡のような形で、教師になれたのはなぜかというと、私は、この歳まで一度も社会に出て、組織の中で仲間と協力して責任ある仕事をするという経験がなかったのです。
しかし、そのような社会的経験と学びがないと、心に収納されている天界からのメッセージを、これ以上取り出すことは出来ないのです。 それで、神様は、私にそんな社会経験を積ませるために、かなり強引な形で、私を教師として就職させてしまったのでしょうね。

 ところが、そんな素人教師なのに、一年目から全国模試で、何度も全国1の成績をとらせることが出来たのです。そのように、教師になって3年間は、教えることに専念していたのですが、ここでもまた限界を感じるようになりました。
このまま、教師として終わってはいけないのではないか。 自分の世間的な評価と安定のために、神様との約束を忘れてはいけないぞと思ったのです。
 このまま教師だけをやっていたらだめだ。 世のため、人のための行動をスタートさせなければ、私の精神は崩壊してしまうぞと追い詰められたようになって、ついに『しあわせ通信』をスタートさせたのでした。
 以前の四冊の著作と、しあわせ通信の文章の違いはどこにあるのかというと、教師としての社会体験から『心』を発見し、『心』の機能を知ることが出来、『心』の機能を活用して、どんな人でもしあわせな人生をおくることが出来る方法を、皆さんにお伝えすることが出来るようになったというところだと思います。

 この頃、『金平糖大作戦』という、人類の魂の進化モデルを、ついに「天からの小包」から取り出すことも出来ました。
そして、『しあわせ通信』にそれらのことを書いたところ、たくさんの方が共鳴してくださり、池田光さんが本心庵からシリーズとして、出版してくださり、目下第十巻まで出版されています。

 学校のほうでも、さらに成長がありました。私は、人と一緒に協力しあって活動するということが苦手なのです。それなのに、この学校に就職して10年目に総務部長をやれ、ということになって、他の先生方はビックリして、「サプライズ人事だ」と言っていたそうです。
 集団の中で、人を束ねたり、役割を割り振ったり、綿密に行事計画したりする仕事のやり方を学ぶことができました。
 総務部長は7年やり、停年退職まであと少しとなったので、あとは原点に戻って、心ゆくまで授業に専念させて欲しいと校長にお願いして、総務部長を辞める了承を得ていたのですが、ある日突然、中学の教頭をやって欲しいと頼まれました。
 一番苦手な分野の仕事なのでショックでしたが、私はその頃までには、やってきた仕事は引き受ける、苦手な仕事ほど成長の糧なんだと覚悟が決まっていたので(ドアが開いたら入れということ、席があったら座れということ)、躊躇なく中学教頭を引き受けました。その時は、「大逆転人事」と評されていたようです。


2017年5月9日火曜日

934「法華経9」2017,5,9

 立花大敬さんの講演会が終わってまもなく、4月17日に大敬さんの「しあわせ通信199号」が届きました。内容が講演会でお話いただいたことに関連することが多いので紹介します。

・原点はお伊勢さん 
 26年ぶりで、伊勢神宮にお礼参りを果たすことが出来ました。 
 42歳の時、伊勢の内宮さんにお参りして、『これからは神様のお役に立てるような人生を歩ませてください。お前には神の役はつとまらないよとおっしゃるなら、もう生き続ける意味がありませんから、いのちを取り去って下さい』と、覚悟のお祈りして、突然天と地を結ぶ柱が立って、その柱の中に私がいるという体験をしたのが、それから後の私の人生の原点となったのです。 
 その時は、息苦しさ(生き苦しさ)がなくなり、息通し(生き通し)の解放感があったということだけで終わりました。 

 それからしばらくして、夢の中で、「『ひ』が君を使うがいいか、『ひ』が来るけれどいいか」と問われて、「ハイ」と受諾するということがありました。 
 その受諾の後で、心構えのような注意も受けたと思うのですが、その中に「プラスティックであれ」というのもあったように思います。 
『ひ』という神様が望まれる、どのような「型」にも、柔軟に対応して「成型」できるようであれということですね。 
 それら一連の対話があってから眼が覚めて、その問答をメモして、すぐまた眠ってしまいました。 

 朝起きて、その問答文を見たのですが、何のことかさっぱり分かりません。 
 夢の中ではハッキリ意味が分かって、覚悟の受諾をしたはずなのに、そうなのです。 
 それから、また何日か経過して、私は昼寝をしていて目覚めました。はじめは、ボーツとしていたのですが、次第に意識がハッキリしてきて集中してゆきました。 
 日常生活中の程度に意識が集中し、それで終わりなのかと思っていると、さらに意識集中が続き、禅の公案や物理の難問を解こうと努力している時ほどの集中度に達し、それでもその集中過程は収束しないで、さらにどんどん意識が一点に凝縮していって、それから一気に天に向って上昇してゆきました。

 そして、ついに天界に達したぞと実感出来た瞬間に、天界からスルスルスルと、なにやらメッセージの小包らしきものが降りてきました。そして、その「天界からの便り」が私の心に確かに収納されました。 私には、そのメッセージの内容が読み取れませんでした。 
 しかし、心の中のその小包をジッと見つめていると、包装紙が解けて、やがて一気に文章が流れ出したのです。次々と、切れ目なく文章が湧き出して止まないのです。 
 私は、その文章を大急ぎで小さなメモ帳に書き出してゆきました。 
 そして、一週間ほどの間に、四百字詰め原稿用紙に三百枚ほどの分量となりました。その原稿を東京の出版社に送ったところ、すぐ出版したいという返事が届きました。それが、私(?)の処女作である『天界の禅者大いに語る』(潮文社)です。 
 それから、立て続けに三冊の本が出版されましたが、私にはここまでで限界だなあ、これ以上書いても意味がないという感じがしたのです。 

 もちろん、天から届いたメッセージは、これくらいの小さな分量のものではありません。 
「一生受用不尽」(その小包からはいくらでもメッセージが取り出せる。一生涯汲み取り続けても、ちっとも減ることはない)なのです。 人類の進化完成時までに必要な情報がすべて内蔵されている小包なのです。 
 しかし、当時の私には、これ以上、この小包からメッセージを「解いて取り出す」ことは出来ないという自覚があったのです。 それで、筆を断って、ふたたび「暗中模索の時期」を迎えました。 

2017年5月8日月曜日

933「法華経8」2017,5,8

 講演会も終わりました。大敬さんの角川書店から出版された新刊本、「劇的に運が良くなるお経」は皆さん購入されました。般若心経・延命十句観音経篇です。
 
 表紙に以下の様に書かれています。
「真意がわかるとお経は効く!!健康長寿、願望成就、危機回避。魂の進化への最短ルート
 九州一の進学校の物理教師にして、仏道を50年修行してきた禅者が、多くの図とともに世界一わかりやすく解き明かす、お経の真義。毎日が心安らぐ、奇跡を起こす強力なお経瞑想方をご紹介!」

表紙裏に
「願望を成就させたい。 切羽詰った目の前の困難・障害を切り抜けたい、
 生きづらさ・生きる苦しみを解消したい。 わくわくするような幸福感の中で生きたい。
 健康・長寿になりたい。とにかく運を良くしたい。
 仕事や学業、人間関係、恋愛などで成功したい。
 仏教が本当は何を言いたいのかしりた。 魂を進化させたい。
 ・・・・そうした願いや想いを叶えるための最短ルートとなるお経瞑想方を、約50年の仏道修行を続けてきた禅者がやさしくご紹介

 般若心経とは:希望する現実を目の前に作り出すお経です。次第に魂も高次なものに進化していきます。
 延命十句観音きょうとは:圧倒的な困難が目の前に立ちはだかった時に、切羽詰った人を救い、いのちの可能性を延ばしてくれるごく短いお経です。」

そして帯には
「本書で“お経を真に伝えていること”を悟ったら、お経の「願望成就」の力をより早く、強く、あなたの「心」やあなたを取り巻く「現実世界」に波及させられるようになります。
 「そんなの非科学的だ!」という疑念が強い方は“心を整える”ためのひとつの「瞑想」だと思って日々の生活に少しずつ取り入れてみてください(1日5分でも良いのです)。次第に、ご自身の心や環境、運勢の変化に気付きます。それが、お経が、千年以上も称え続けられてきた理由なのです。」
 
 私も最後に購入して大敬さんにサインをして頂きました。表紙の後ろに以下の様に、お言葉と絵を書いてくださいました。
「人のしあわせのため はたらけますように」

今、私に必要なお言葉なのでしょう。ありがとうございました。

 終了後、大敬さんを仙台空港までお送りしました。いろいろお話を伺えて、お役故の楽しみ、濃い時間を過ごす事が出来ました。その中で賢治の話しに及びましたが嬉しくなりました。大敬さんは賢治の足跡を訪ねたことがないようですので何時の機会にお連れしたいものです。
 お話の中で宮沢賢治が最後に登場したのは驚きでした。賢治は法華経を信奉し大事にしていたのですから当然といえば当然ですが。法華経と賢治の繋がりは以下の様に記されていますので一部紹介します。

「法華経の根本思想は仏国土の実現ということである。仏国土とは、仏が導き給う浄土のことを言う。どんな人でも、大乗の教えに基づき修行すれば菩薩となり、ついには成仏して仏となる。仏となった人は、自分自身のみならず彼が生きている世界のすべての人々を救う力を持っている。それゆえ、彼が成仏すると、彼が生きている世界は彼を中心にした仏国土すなわち浄土となる。単純化して言えばそういうことになろう。つまり、あの世ではなく、この世において実現する理想的世界、それが法華経のいう仏国土なのである。この世がそのままに浄土となる、しかもその浄土を導く仏には、どんな人でもなれる可能性がある。それ故、人々はおのれ自ら成仏しつつ、彼が生きている世界の一切衆生を救うべくつめねばならない。
 宮沢賢治が作品の中で主張したのは、まずはこの仏国土の実現ということであった。賢治が仏国土をとりあげた例としてよく引かれるのは「銀河鉄道の夜」のなかの次の一節である。
「だけどあたしたちもうここで降りなけぁいけないのよ。ここ天上へ行くとこなんだから。」女の子がさびしそうに云いました。
「天上へなんか行かなくたっていいじゃないか。ぼくたちここで天上よりももっといいとこをこさえなけぁいけないって僕の先生が云ったよ。」
 銀河鉄道に途中から乗ってきた姉と弟に向かって、ジョバンニがずっと一緒に行こうよ、と誘ったところ、姉は自分たちはこれから天国へ行くのだからここで降ります、と答えたのに対して、ジョバンニは天上などではなく地上ですばらしい世界つまり仏国土を実現しようと言っている場面である。このジョバンニの言葉の中に、賢治は法華経の説く仏国土の実現への希望を述べているととらえることが出来るわけである。
 その仏国土とは具体的にどのようなものなのか。「ポラーノの広場」はそれを問題にしている。ポラーノの広場にいる人々は、どこか別の世界で理想郷を建設しようとつとめるが、なかなかそれは実現しない。何故なら理想郷とは、彼等がいまいるポラーノの広場そのものなのだから、というのがこの童話の根本的な内容である。この童話は、賢治晩年の四つの長編童話のひとつだが、これらの長編童話にはいずれにも、法華経の言葉がこだましている。そのこだまの中で、もっとも法華経の核心に迫るのが、「ポラーノの広場」における理想郷実現への希求と考えることが出来よう。」

2017年5月7日日曜日

932「法華経7」2017,5,7


・多宝塔の出現
 やがて天地の底から多宝塔が出現しました。多宝如来は過去の仏で、未来に法華経が広められる場に出現するものです。その多宝如来の分身を世界中から全部まとめて1つに回収できたら多宝塔の扉が開くのです。そして釈迦の分身が集まり、結集した時、釈迦がその扉を開けました。
 それは卒業式です。多宝如来とお釈迦様で未来に関わって行く儀式が最後の晩餐の儀式で、それが完成したのです。
 多宝塔の扉を開く為の条件は、釈迦の分身たち全員をココに結集させることです。そして多宝仏と釈迦仏が塔内で並座して、釈迦の未来に向かって働き続けるシステムの完成です。この「並座の儀式」は最後の晩餐の儀式に相当するのです。


・地湧の菩薩
 イエスとは皆1人1人のことで、お釈迦様は僕のことです。現在に統合して未来も統合することが出来、過去にも全部関わっていたものも統合が出来たのです。
 つまり、分身を集めることで現在の統合をしました。授記・多宝仏と並座をすることで未来の統合が出来ました。そして地湧の菩薩で過去の統合が出来るのです。そして如来寿量品でいのちの全体性・永遠性を悟る事が出来ます。

 宮沢賢治の言葉に「法華経のハート」が語りつくされています。
・世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない。
・新たな時代は世界が「ひとつ」の意識になり生物となる方向にある。
                          (農民芸術概論要綱)」

 お話が終わり質問の時間になりました。その大敬さんの答えの要点をお伝えします。
 
「植木は鉢の中で成長してから大地へ植えます。魂が幼い時にはそのようにします。影響を受けやすい人は雑踏の中でも受け易いです。役割を果たしていない時は良いのです。
 その人が大きくなるかならないか、それはこの一生ではしょうがないことで、無理にこの人をどうこうという努力をすることは辛いし、頭をいびつにします。
 もしもこの人とはご縁が無い時はそれで離れて良いのです。そのように宣言して離れて良いです。そのように割り切ってやることです。でないと良心的な人が自分を責めることになります。人を許せたら良いのです。」

「空気の入れ換えが大事です。入れ換えると風が吹きます。それで会場の雰囲気が変わります。以前に霧島で竜巻に遭いました。いのちの危険に遭ったのですがそれに遭った人が皆、その後に幸せになりました。エネルギーが激しい風を身体に受けると付きの回路が開くのです。
 風エネルギーの神話があります。奈良の龍田神社は風の神様です。天の御柱と地の御柱があり、その柱が竜巻で今までの運命を切り換えるのです。いのちの移動性を示すのが風です。
 教師と生徒の関係性が一部崩れると辛いものがあります。窓を開けて風を入れたら関係が変わったことがあります。戸を開閉して新しい空気を入れることで、交渉と拒否役の関係が解除されるのです。そうすると相手に心が届くようになります。これが風の面白さです。」

「ゴールが35世紀と言うのはモンローさんの話しにあり、「究極の旅」という遺作に書かれています。そう思うと焦らなくて済みます。それぞれが選んだゴールへ生きて行くだけです。滅びの方向も行きたければ良いです。私は人類が良い方向へ行く期待があります。今は悪い面が見えますが、良い方向、芽生えの方向を大切にしたら良いと思います。
 川が増水し、溢れる様ですが、既に上流は雨が止んでいるのです。今の状態だけで判断するのは良くありません。周囲に振り回されずに自分の役割をしていくことです。振り回されたら益々、深みに嵌まる事になります。そこを気をつけることです。見て心に描く世界が現実となるのですから、問題はどこにも無いのです。」

「ネガティブな状態からの脱出方法として座禅、お経が良いです。不登校の子供に向かずに、自分が違う方へ向くことです。自分がイキイキと出来る事をすると、その子から気がそれるので良い方向へ行きます。
 アドラー心理学の野田さんの本に、不登校の母親がボサボサ頭で相談しに来ました。まず美容院に行き綺麗になり、気をそらすと良いと指導したら子供の問題が改善しました。お母さんが不登校を再生産していたのです。へばりつかずに他の方向へチェンジすること、そしてゆとりを持つ事で一気に変えていけるのです。」

「先祖の宗教、宗派は変えない方が良いです。念仏を唱えるのは良いです。しかし先祖に助けてもらう連続性が大切です。」

「未来に繋がるシステムを完成し、法華経を伝えようとしたから、お釈迦様は亡くなったのですが、いのちは繋がっているのです。大乗仏教はお釈迦様が書かれ、そこに繋がっていると捉えています。」

2017年5月6日土曜日

931「法華経6」2017,5,6

・(経題)「妙法蓮華経」解説
「妙法蓮華経」の妙とは美しいということ。法とはいのちの個々の存在。蓮華とは連なる花で、蓮根から全ての花が出ている。いのちはひとつしかない。そのいのちの連続性、一体性を説いているお経です。
 法の字は、三水に土とムと書きます。ムは囲いの事です。法とは囲いを外すこと。私の字も禾偏にムと書きます。禾は稲を示しますので、私は、稲束を囲いに入れて他に取られないように、と言う意味です。外へ出られない法的な存在のことです。
 ですから妙法とは法的な存在が美しいことです。皆がつながっていてそれぞれの花を咲かして意味があることです。

(経題の現代訳)
「大宇宙に咲いた色とりどりの花々である。「個々のいのちたち」は、実は分離・孤立しているのではなく、「連帯する、一体のいのち」なのであるということを教え、不要な花など一つもない、それぞれの花は、その花だけが果たせる独自の役割と使命を担って、精一杯美しく輝いて咲き誇っているのだ。という「いのちの実相」を教える経典。」

・関わること(愛すること)の深化
 お釈迦様は菩提樹のもとで何を悟られたのか。
「ギャーテー ギャーテー ハーラー ギャーテー ハラ ソウ ギャーテー ボージ ソワカ」
 の意味は以下です。
「着いた 着いた ゴールに 到着した ゴールに みんな一緒に 到着した 素晴らしきこの達成 めでたし」
 泥だらけになっても良いから、皆を抱きしめて行こう。人間は皆、最終的にゴールに入るのです。

 お釈迦様は悟られて地上に残るか迷いました。そして40年間、地上で活動したのですが、死ぬ7年前にまた迷いました。その意味は次のような事です。
・21日の迷い→このまま最上天界の調和世界に戻ろうか?地上界に残って人々を導こうか?道を失って迷い子になっている分身たちと一体化する、「泥まみれで関わって行く」作業をしていく覚悟を決めた。「愛することは深く関わって行くということ」
 
・地上世界を去る7年前の迷い→弟子達の為に多くの経典は残せたので、このまま天界に帰ろうか?死後も関わり続けることにしようか?人類の魂の進化達成の日まで関わり続ける覚悟を決め「法華経」を説き始める。

・授記スタート
 そして最後にお釈迦様は授記を始めました。
 授記とはお釈迦様がある人に、「君は必ず仏になれるよ」という保証の言葉(記)を授けることです。その人が合格するまでお釈迦様が責任を持つ、という覚悟を持つ事です。
 授記は、お釈迦様の魂が拡大して、全体性を獲得する、という成長物語なのです。

 お釈迦様の授記の物語は以下の様に成されました。
 授記物語
1、お釈迦様はまず、僧団のリーダー格の長老弟子シャリホツなど5名に授記
2、アラカンの悟りを開いた中堅幹部の弟子たち、千二百人の弟子に授記
3、アラカンの悟りを獲得していない弟子たち、アナン、ラゴラなどに授記
4、この場で法華経の教えを聞いている会衆全員に、一気に授記
5、未来に法華経の教えを聞いて、一瞬の間でも「喜びの思い(随喜の念)」を抱く人たち全員に授記
6、「法華経随喜者」のうち、人以外の存在にも授記
7、地獄界のダイバダッタに授記
8、釈迦の乳母を勤めたマカハジャハダイと女性修行者六千人に授記
9、最後に、元妻のヤシュダラに授記をあたえて授記物語を完了する。
 
 授記物語とは、釈迦が「受け入れて、許し、愛し、抱擁する」ことが出来る対称の範囲を次第に大きく広げて「魂の全体性」を実現していくドラマです。「君は必ず仏になれるよ」という保証の言葉を与え、会得するまでお釈迦様が責任を持つ、と言う覚悟を持つのですが。女性は後の方で8番目、更に9番目に元妻に授記を授けて終わるのです。
 男にとって女性は問題であり、そこには女性の嫉妬があるのです。人間性としては男の心は分かっているのですが、その意味でもっとも、受け入れがたい、許しがたき存在だったのでしょう。

2017年5月5日金曜日

930「法華経5」2017,5,5

 因陀羅珠網(いんどらしゅもう)は宮沢賢治の著書「インドラの網」にあります。難解なお話ですが、賢治は始めは華厳経の世界を好んでいました、やがて法華経の考えに変わりました。
 身体が恵みとなって死んだのですが、何度もしつこくやって行くのです。世界のあり方は想いの一瞬、一瞬に入っている一念三千の世界です。そうして更に大きい心になり、皆で進化のゴールに運ばれて行くのです。
 すべての世界のすべての存在がことごとく「自分」なのである、ということに気付き、魂を拡大し、あらゆる存在を認め、許し、抱きしめて、ともに支えあって、進化のゴールの日まで歩んでゆこうです。

 ※因陀羅珠網で調べたら以下の様にありましたので参考にして下さい。
・因陀羅網:インドラ神の網のこと。インドで一般に魔術の所産の意に用いられた。華厳仏教では,インドラ神の宮殿にある網で,結び目に宝玉がつけられ,宝玉同士が互いに映じ合って,それが無限に映じるとして,重重無尽の理論を説明するのに用いられる。帝網 (たいもう) ともいう

・更に「神秘とインドラの網」も紹介します。
「神秘ということについて書こうと思った時から妙に不思議にフラッシュバックしてくる言葉がありました。それは「インドラの網」という言葉で宮澤賢治の童話の題名です。
 インドラの網とは古代インドの神で勇猛盛んなところから、仏法の守り神として仏教に取り入れられたフーテンの寅がお参りする、「帝釈天」のことです。
 帝釈天は世界の中心の山「須弥山」に住んでおり、その宮殿の周りには「インドラの網」とよばれるネットが張られています。そのネットの結び目には美しい宝石が縫いこまれており、その宝石はお互いに写しあい、またその映しあった姿が他の宝石に映しあう、というまるで鏡の中の世界のように、無限に輝きが続いていく世界がそこにあります。
 ここにある宇宙観はすべてのものは関係しあい、お互いがお互いを映しあい、響きあい、相似も相違も違和も混乱も、森羅万象すべてが、あらゆることがすべて必然であるという世界観を暗示しています。
 以前、宮澤賢治の「銀河鉄道の夜」について書いていたとき、どうして難破船から銀河鉄道に乗ってきたキリスト教の一行は途中下車してしまうのか、いや作者賢治によって降ろされてしまうのか・・・?と疑問に思っていましたが、この「インドラの網」の世界観からしてみるとやはりキリスト教の、神が一元支配する世界は賢治には不本意だったんだなーと思います。
 文章のなかでキリスト者の家庭教師の青年と少女と弟とジョバンニは「神様が一人であるか否か」を巡ってちょっと口論になり、ジョバンニがほんとうの神様に巡り合うように祈られ、彼らは下車していきます。ここには賢治の他者に理解されず、むしろ愚者扱いされた悲しみが込められているようにも思います。
 私はこの「インドラの網」、帝釈天の網という宇宙観が大好きです。いきとしいけるものは、すべて関連しあいながら世界が進行している。そしてその結び目には宝石(珠玉)があり、それがお互いを映し出している。いや映し出されているお互いが宝石であり、なくてはならないもの。これはまさに宇宙の物理の世界観でもあり、様々なる偶然と必然の結果、ここに地球があり、人間が存在するという帰結・・・結果があります。
 そこには誰かが誰かを支配するということでもなく、宇宙の誕生以来、偶然と必然の綾なすなかから、ただひたすら現象と関係という進行があり、そして太陽系というネットワークのなかで生まれた水の星、地球。そして生まれた生命は数々の困難を乗り越えて進化し、人間まで辿りつきます。
 昨日も書きましたが人間のルーツはアフリカの黒人です。大きな世界から見れば人間も生き物の一種であり、世界はお互いの関係と関連のネットワークでこそ存在しえるのです。それは争いや否定ではなく互いの存在の全肯定の上にこそ成り立っているのです。そのことを今痛いほど認識しなければ、人類は滅びへと転がっていきます。
 もし賢治が、いや多分賢治はそういう風に承知したと思いますが、当時そういう宇宙観や世界観や人間観を共有しえた人が何人いたか・・・?今でもほんの少数でしょう。神秘といえば、宇宙のこの成り立ちほど神秘なものはありません。それは無言のうちにすべてが必然だよ・・と言っています。
 そして生命誕生のなかからただ一種、この宇宙の成り立ちを解明できる人類が生まれたという神秘。人の精神は(心)はまさに自分の心を他人に投影します。その他人の姿に自分を映しだすという鏡の世界です。こころは人だけでなくすべてのことやものに投影されます。あのインドラの網のようにです。
 そしてね、インドラの網の結び目には宝石(珠玉)がありました。素敵です。宝石として(個として)完結しているがその輝きが他を映し出す。人間も個として完結しています。
 多分賢治もほんとうはね、そうなんだよ、って言いたかったのかもしれませんね。」
 http://hashira.exblog.jp/11847791/


2017年5月4日木曜日

929「法華経4」2017,5,4

 次に湧喜を頂だけました。しかし人生とは分離し、また1に戻る神話で、それを「金平糖大作戦」、「神様の壷」と名づけ、神話を創りました。

「神様の壷」は、壷が落ちて、バラバラになりました。その破片がそれぞれで、各自の個性を持ち、人生で経験を積んで大きくなるのです。その経験では人間性は変わらないのですが容量が変わり、大きく成長するのです。やがて、他の欠片の人と出会うと欠片がパチッと嵌まって行くのです。そして最終的に最初の壷より多きい壷が出来て、神様が喜んで天上界に戻してくれる、という神話です。これは新幹線に乗っていて、ふっと出てきた神話です。これと同じ発想のものが金平糖大作戦です。

 進化の課程で他星で完成したイノチが、地球に来たので、ここではまだ完成でなくもっと大きくなる必要があるのです。その為に金平糖でやろう、という作戦を立てました。金平糖の角を立てて成長の意志を高くし、伸びて拡がるものです。そして各自が1個1個で最終的に丸い玉に戻る、というものです。1が他にまた1に戻る神話です。
 最初に角を出すのですが、元居た所が居心地が良いので帰って来きたくなるのですが、帰れなくしたのです。その為に囲いを作りました。前の人生で経験し、今度はどういうことをしたら良いか、次の人生をどうするかで、角が次に成長が出来る様にしたのです。順番に角の成長が持続する様にしました。
 一端、霊界へ行き人生の課題を反省して、次にどう生きるか考えました。人を殺したら相手の身になって、次は殺される立場になり、順番に大きくなるのです。そのようにして輪廻する様になります。そこで情報を共有するようになり、Aさんの経験がBさんに役立つ様になって行くので、一気に成長が出来て、輪廻転生をそんな沢山にしなくても成長が出来るようになるのです。
 今とんでもない時代に見えるのですが、これからその重なりが大きくなるので、全体のあるところで一気に進化が進むと思います。我々の進化も35世紀になれば大丈夫です。それくらいの長いスパンで考えて、次々に生まれ変わってここに帰って来ないとなりません。しかしそれぞれの角の成長方向が大事です。そこに人生の意味がある事が分かるのです。
 法華経の言いたいことが分かってきて、気分的に良いだけではないのです。

・法華経の読み方
 法華経を音読するといのちがこもるお経です。へたくそでいいから、意味が分からなくていいから、ポツリポツリ音読してゆくことです。法華経は「骨太人間」に成る為に称えるものです。また、セクト主義、宗派根性に陥らないようにして、原典から学ぶことです。

・華厳経は「聖なるもの」を目指し、法華経は「魂の全体性」を目指す
 華厳経は因陀羅珠網(いんどらしゅもう)の喩えで、「いのちの一体性」の美しい喩えです。それは仏界へ誘うものです。自分の玉に他の玉が鏡の様に写ります。「一即一切」で、自分のところに仏も全て今の所に写るのです。全ての人に仏性がありますから、皆で清らかな仏様の境地に入ろう、というのが華厳経の世界です。
 
 一方、法華経は「一念三千」で、一念の中に三千の世界が入っているのは華厳経と同じですが、他を排除して仏様に成るのでなく、他を見捨てる心が自分の中にある六道が入っているのですが、それをどうするのかです。法華経は魂の全体性を目指すものです。
 ヒットラー、イスラム国も、ダイバダッタも全部自分の中にいるのです。それらをすべて抱え込んで進化の方へ行くのが法華経です。
 華厳経は水晶の世界で格好が良いのです。しかし法華経は全部を認め、抱きしめて行こうということで、俗っぽく、泥臭いものなのです。
 ここで言う、一念三千とは、十界×十界×十如是×三界で三千世界です。
 十界は、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・声聞・縁覚・天上・菩薩・仏を言います。修羅は争い、勝ちたいの世界。畜生は動物。餓鬼は物足らない。地獄は一番下の世界です。


人間界は普通の人の心です。それが声聞・縁覚・天上に進むと修羅・畜生のエリアまで共鳴できるようになります。そこは天人の心です。
 菩薩まで進むと餓鬼のエリアまで共鳴できます。ここが菩薩の心です。更に仏まで進むと地獄まで共鳴・共振できる範囲が広がります。仏の心です。


2017年5月3日水曜日

928「法華経3」2017,5,3

 私は逆境の人生でした。45歳まで凄く不幸な人間で、不幸せでした。不幸せとは貧しい、空しい、淋しいのです。それが45歳で転換しました。そこからは豊かになり、生甲斐を持ち、楽しい状態に変わったのです。
 それまではそれぞれが囲いの中だけで生きていて、淋しく、孤独で、空しく、貧しい生き方でした。42歳の時に、伊勢神宮を参拝しお願いしました。神社の前で、「どうしようもないこんないのちは要らないので、どうか私に神様の役に立つことをさせて下さい。」とお願いしました。そしたらその瞬間に私の囲いが外れたのです。それは囲いに少し隙間が出来た位でしたが、そこから変わって行きました。
 それから豊かになったのです。必要な時に必要なだけお金が入ってくるのです。それは空っぽ財布です。欲しいものがあると空っぽな財布なのに支払おうとするとそのお金が入っているのです。そういう生き方が出来るようになりました。財布にはいっぱいお金がはいっているのではなく、必要なお金があるだけです。それから生き方が楽チンになりました。

 淋しいが賑やかに変わりました。全部が繋がっていると分かりました。私は人間嫌いで、人に付き合いたくない人間でした。私の父親は人間嫌いだったのです。子供の頃、家族で遊園地へ行ったのですが父親が後で付いて来るのです。それは近所の人に、家族一緒で良いですね、と言われるのが嫌だったのです。そんな父からの遺伝的な人間嫌いでした。しかし何故、私が学校の先生するのかです。それは、自分が苦手な事をして人間として大きく育つことをしているのです。

 楽しく生きないと駄目ですよ、と言われます。そのような自己啓発セミナーは縛りになります。そう出来ない自分を責めて苦しくなるのです。人生いろんな事があり、そんな自分を許して、受け入れて行くべきです。
 私は授業へ行く時にいつも胃が痛くなって重苦しくなりました。そこを奮い立たせて行きました。教室の戸を明けて、挨拶をするとガラッと遺伝的自分が神的自分に変わりました。 
 私は学校では始めの年から生徒たちの成績が凄く上がったのです。そんな姿を見て、皆さんに生徒が好きでしょうがなく授業をしていると言われたのですが、それは違うのです。教室の授業は神的自分がやっているのです。
 遺伝的な人間嫌いの自分は変えられないのですが、役を果たす時にはガラッと違う事が出来たらそれで良いと思います。だんだんと年を取ったらその感じも麻痺して来ています。生徒達が孫の世代になったのです。生意気な生徒が一言で従順に変わってくれるように私もなったのです。

 生甲斐と思えること。自分が今、ここに居るのが人類の進化に必要と思うのです。家庭で子供一人を育てる事を必死にすることも宇宙的に意味があったのです。どれも良い悪いは無いのです。今は孫が病気になると私の家に来ます。世話が掛かるのですが、そんな自分もいて、又ここでこのように話している自分もいるのです。そこにはどちらが上で、下だ、は有り得ないことです。そういう発想をようやく出来る様になりました。どんな生き方をしても今の体重が掛かっているのです。

 つらい時、法華経を唱えることが支えになっています。法華経を唱える事で、遠大で長い目で見ることが出来ます。家内に何をするにも私は人より10年は遅れていると言われます。私たちの人生を考えてみると、何度も生き変わり転生を繰り返しますが、一生で進むのは1mm位だけです。そこで見ると私は0.6mm位で大差ない、と考えると安らぎを与えてくれるのです。法華経を唱えていると雲から太陽が顔を出す心理状態です。

2017年5月2日火曜日

927「法華経2」2017,5,2

 後半は立花大敬さんのお話です。いつもながら飄々として、力が抜けていて、しなやかな、穏やかな雰囲気でお話を始められました。
 昨日は福島市での講演会で、そちらでは般若心経のお話だったようです。仙台では法華経のお話です。

「これまで、本心庵の池田光さんが幸せ通信を出版して下さり、10集まで出ています。池田さんのところでは、本の著作料は頂かず、書店に下ろさない事を約束して本を出してきていました。
 今度、角川書店の工藤裕一が本を出してくれることになりました。今までは出版社との関係が嫌だったので関わらなかったのですが、今回出すことにしました。工藤さんは角川書店の編集長で「ビリギャル」の出版で200万部を売った人です。今回の本では、編集、デザイン、イラストも含めて一流の人と仕事を一緒にしました。皆さんはとても情熱を持っている人達でした。いろいろ質問や提案があり、しょっちゅう原稿を直しました。だから売れる本になるものを出せるのだな、と実感しました。
 
 私は人間嫌いで、自分が書いたものをいじって欲しくないのですが、是まで学校の先生をし、管理職もして分かってきたので少し分かってきて出来る様になりました。だからイラストも私のものでなく成瀬瞳さんが書いてくださいましたし、装丁もプロの人で、全体のエネルギーを結集して良いものが出来たように思います。
 工藤さんから、こっそり話して下さいと言われたことがあります。それは、「本を買うなら、紀伊国屋書店で買って欲しい、ここの販売が一番でチェックされるのです。その状況で販売にもエネルギーが入り、宣伝にも力が入りますから。」とのことです。
 お陰様で本は順調に売れています。8月に大払いの話し、法華経の話し、他力念仏の話し、空海の話しの本の出版の予定もあります。聖書も書きたいな、と思っています。皆に共通のものがあるので書きたいと思います。

・法華経は湧喜を与えてくれるお経 
 最初、法華経に抵抗がありました。このお経で折伏(しゃくふく)してということがあったので教団の力を感じたのです。これを商標登録しようとしたのですが却下されましたね。
 日本では法華経に聖徳太子が一番最初に興味を示しました。法華経にある、大乗で、皆で悟り、ゴールを一緒にしましょう、と言う発想がふさわしいと思ったのです。ですから小乗でなく大乗が日本にふさわしいと。山にこもって修行をしている人に接近しては駄目です。地上世界で良い国にする為に行動すること。それを日常生活の中で実践しなさい、という教えを聖徳太子はしました。天台宗の最澄、そして道元さんも法華経を大切にして死ぬ時も唱えて亡くなったようです。日蓮さんもです。

 江戸時代の白隠禅師は法華経で悟りました。白隠禅師は悟った、と思って指導していたのですが、42歳の時、冬の初めにコオロギが鳴いていた。それを聞いて法華経の教えを悟った、と言われています。
 冬の初めにコオロギが鳴いていた。コオロギがメスを求めて鳴くと思っていたのですが違いました。今、自分の出来る限界の中で一生懸命鳴く事が良いのです。無駄に捉えるのは間違いで、全ての人に存在する意味がある、と捉えるのが法華経の真髄です。

 最近、障碍者施設で入所者を殺した人がいました。役に立たないと言って殺したのですが、それは違います。宇宙全体で、人類全体の中でその人が、その能力で生きることが必要と法華経の中で教えているのです。
 障害をもったA君がA君という仕事をしている。B君も、いろんな制限、制約の中でやっている。自分なりの一生懸命の生き方をしていること。それが素晴らしいというのが法華経の教えです。
 白隠さんはコオロギの鳴き声で、出来る事を、自分の人生を一生懸命に、そこでできることをして生きていくのだ、と悟られたのです。いろんな人がいます。結婚している人、独身の方、離婚した方など、いろいろありますが、そのどれが正しいということはないのです。サイコロを転がすと倍の数があるのですが、その1つの生き方をいていることが良い悪いでなく、人類全体でいろんな経験をすることが必要なのです。
 白隠さんは法華経の精神を悟りました。それまでの禅は一握りの人を教えれば良いという考えでした。弟子でも若く死んだ人がいっぱいいたのです。そこから一般の人に教えるように変わりました。禅がエリートコースから変わったのです。
 私が禅を学んだ初めの頃に「野中の一本杉」の話をされました。最初そこは林だった。その中で最終的に1本の木だけが残った。皆一緒に道場で修業するのは一本の木を育てるためにある。というエリート主義です。しかしそれは本当の禅の悟りではありません。白隠さんの悟りの前のレベルの段階の悟りでしかありません。



2017年5月1日月曜日

926「法華経1」2017,5,1

 先月4月9日にトータルヘルスデザイン主催の、体と心と宇宙を結ぶ「元気アップセミナー」立花大敬さんのめーセージをお届けします!が仙台で開催されました。
 案内のメッセージを先ず紹介します。

「いま私たちは、厳しい“冬の時代”を生きていると言って良いと思います。そんな時代だからこそ、心の豊かさを養い、暖かい春を呼び込みたいものです。
 そこでご存じの、立花大敬さんの登場です。
 禅の達人・立花大敬さんは「“思い”が核になって、世界が形づくられていく、そのカラクリが分かるようになってきました。軽やかに、さわやかに、思い通りに、いや思い以上に恵まれて、楽しく・・・ふつふつと、イノチの源泉から刻々湧き上がってくるこの喜びは、とても自分だけにおさめておけるもんじゃありません。皆さんと共に、この喜びを喜びたい。
 世界中の人たちが皆、この最高の喜びを手に入れたら、もう、モノやイノチを失う恐怖から、争いの耐えぬ人生を送る必要は無いのです。」と述べられています。
 今、世界は混沌状態にあります。人類は21世紀に相応しい指導理念の下で、新文明を創造する必要に迫られているのです。
 私たちは21世紀の指導理念を多くの人と分かち合い、“愛と調和、互恵と共生”の21世紀にふさわしい新文明を創り出したいと思っています。
 いよいよ「始まりの始まり」です。先ず大敬さんのお話に耳を傾け、ひとつのなって心に春を呼び寄せましょう。大敬さんと仲間が一つになって“春の時代”を呼び寄せよう、と言う試みです。」

 仙台での開催のサポートをさせて頂きましたが、大敬さんの仙台講演会は講演会が再開されて今年で3年目です。しかし、大敬さんとのご縁は20数年になります。何しろ天命塾の名づけ親は立花大敬さんで、生みの親はトータルヘルスデザインの創業社主近藤洋一さんです。

 会場は満席には程遠い参加者でしたが、今必要な方が、ベストタイミングでお越し頂けました。
 前半の1時間は近藤社主の長男の近藤太郎さんのバンクシアフィットネス体験と美と健康の最新情報です。


 バンクシアフィットネスは8年前にスタートしたものです。バンクシアとはオーストラリアに自生している植物で、山火事になると硬い殻がはじけて種が出て森を再生させる植物です。この働きに感銘して名づけたフィットネスです。身体と心を本来の自分にフィットすることを目指します。身体と心と宇宙を結び、本来の身体に解すものです。
 それは丹田呼吸法でコントロールできます。丹田は綺麗な血液を作る処で、気は意識したところに流れます。手を丹田に当ててします。腹圧が上がり安定します。腹圧が下がると姿勢が崩れます。
 先ず背中をほぐします。邪気を受けると滞るところです。椅子に浅めに座り、腕を前に伸ばしお腹は引っ込め、息を吐きます。次に腕を後ろに引き息を吸います。体操と呼吸をセットにして味わいます。つまり筋肉運動と気をセットにして血液運動を促すのです。気は身体中にあり、元気は自分から湧き出るもので、それを味わうのです。そうすることで本来の自分を役立てることができます。
 気とはエネルギーとしての要素があります。次に気は、意識で、気は心とも言われ、雰囲気として自分が外へ発しています。更に気には、物質の秩序化です。今は食べない人が多くなっていて空間のエネルギーを取り入れて物資化しています。
 
 バンクシアフィットネスで気を扱っていく中でのポイントは
1、リラックスすること。上体をひねる
2、性質を知ること。知識、修練、訓練です。意識したところに気が流れます。言葉、言霊、形霊があります。礼や合掌は相手を敬っていますがその事で自分を高めて行きます。その中で一番強いのが言霊で祈りです。
3、楽しむことです。ひとついのちとの関連性があります。継続することでスムージング現象が起きます。
 
 丹田には3つあります。下丹田は臍下3寸で体力です。中丹田は胸で気力です。上丹田は眉間で知力です。体力があるから気力、知力が働けるのです。
 はせくらみゆきさんは、頭で伝えるのは伝わりにくい。感動したものは伝わり易い。腹にいったん落としてその上、知識として心で伝えるのが一番良い、と話しています。腹に落とすこと、気付きが大事です。