2017年2月8日水曜日

844「奈良田・富士16」2017,2,8

 雪に乗り上げた車を押して頂き、バックで延々と下り坂を戻りましたが、結構な運転技術を要する難所でした。お陰様で無事に道路に降り着くことが出来、ホットしてコンビニで休憩です。



 最後の訪問地は富士吉田市大明見上山神戸にある「不二阿祖山(ふじあそやま)太神宮」です。富士山の鬼門の方位に建ち、三柱鳥居をもつ新しい神宮でいまだ建設途中です。ちなみに裏鬼門には富士山本宮浅間大社が建っています。富士山と2つの神社を結ぶと1直線に成ります。          
 皆さん初めてということで案内することにしました。

 不二阿祖山太神宮由緒の冒頭に以下の様にあります。
「始原神であり唯一神、宇宙の創造神たる「富士太神(不二太神)」を奉る日本最古の神宮である。不二高天原の御世は、凡そ三百万年前から二百万年前、此の地で国常立天皇により興され、富士太神(不二太神)を皇祖皇大神宮 別祖太神宮に奉り、祭政一致の神都として繁栄していく。」
 
 富士を中心に栄えた王朝があったことは宮下文書などで知られています。しかしその存在は偽書の扱いで正史には無いことになっています。以下の様な記載がありました。
「その都とは、太古の昔より富士山麓に栄えていた「富士王朝」のことであり、この富士吉田市明見地区とは、富士王朝が栄えた「大天津神様」の大元の地であり、「不二高天原」として永く繁栄してきた地域であります。
 そして、これらの真実の歴史がすべて記されているのが、最古で真実の文献であるという「宮下文書(富士古文書)」です。
 宮下文書には、かつて富士山麓には首都があったこと、そして、その中枢となる最古の神社「不二阿祖山太神宮」の存在、古代の天皇はもとより、神々もすべて実在した人物として記されており、この地、不二高天原において古代の神々や天皇は即位していたことなども正確に記されております。
 つまり、この富士山麓は、人類創世の歴史が始まったところであり、さらなる秘密を解き明かしていくと、2000年や3000年どころか、10000年、10万〜180万年前にまで遡る人類の歴史が実在していたことがわかるのです。といっても、途中からは現代人類より以前の歴史であり、それを果たして人類の歴史と呼んで良いかどうかは別として…。
 2013年、今まで水面下で動いていた一大プロジェクトが遂に動き出します。それは、いよいよ地球と世界を統合に導くプロジェクトであり、そのためには失われた富士王朝の復活として、富士山の周囲を世界的な都市にするような活動から始まります。」
 この不二阿祖山太神宮の復活活動は過去に3度あり、今回が4回目との事です。
 
 私は除福に興味があり色々と調べていく中でこの富士王朝の存在、宮下文書に出会いました。除福や除福と繋がりの多い方々が住んでいたといわれる富士吉田市明見(あすみ)地区にある北東本宮小室浅間神社と宮下文献とは深い繋がりがあります。その北東本宮小室浅間神社の旧社地(大明見上山神戸)は不二阿祖山太神宮に向かう川沿いの細い道の少し手前にあります。
 
 この地は大本の出口王仁三郎との関連でも興味深いインタビュー記事がありますので、是非とも以下をご覧下さい。その一部を紹介します。

「最初に出口直に艮の金神(国祖・国常立尊)が懸かり、次に王仁三郎に坤の金神(国祖の妻神・豊雲野尊)が懸かりましたが、ヨコ・坤の位置にいる出口氏に(タテの)艮の神様が、タテ・艮の位置にいる上田氏に(ヨコの)坤の神様が懸かったわけで、ここに大きなパラダイムシフトが起きています。これはとてもおもしろいと思います。
 出口直は変性男子(霊魂は男で体は女)、王仁三郎は変性女子(霊魂は女で体は男)ですが、このように相反するものを一緒にしてしまう方法論は、他の宗教にはない画期的なものです。
 その合一点であり、象徴となるのが、富士山なんです。」
「山口隆之さんインタビュー」
     




 雪に覆われた不二阿祖山太神宮の見学を終えて戻る道から、富士山の全容が綺麗に見えるでありませんか。駐車して皆さんで太陽に光り輝く、富士山、不二の山を観賞し写真に収めました。素晴らしいの一言です。



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